『――――起きて』



 誰かが、私に呼びかける。声がする方を見れば、そこからは明かりが射している。



『起きて。――そこは、危険だから』



 声のする方に、手を伸ばす。すると次第に、目の前が光に包まれていき――次に目にしたのは、暗い部屋。どこなのかと思い体を動かしてみれば、私は、大きなベッドに寝かされていた。
 目を凝らせば、天井から布が垂れていて、とても豪華な作りをしている。

「ここ、って――?」

 起き上がると、私は体に違和感を覚えた。触れれば、服の質感が違う。立ち上がってみると――ベッド同様、豪華なドレスを身にまとっていた。



「――目が覚めたようですね」



 突然、やわらかな声が耳に入る。思わず身構える私に、怖がらせてすみませんと、誰かが近付いて来る。

「突然すみません。どうしても、あなたのお力を借りたかったものですから」

 そう言い、声の主は目の前に来るなり膝を付いた。

「お初にお目にかかります。私は、王華の長に仕えている者です」

 丁寧に挨拶をするその人は、私と変わらない年頃の少年に見えた。

「怯えないで下さい。あなたに危害を加えることは致しませんし、ここに、そういった者たちを入れることは致しませんから」

 淡い茶色の瞳で、少年はまっすぐ、私を見つめて言う。
 優しい雰囲気で話しかけてくれるから、怖い人じゃないのかと思い始めた私は、ようやく、少年に話しかけてみることにした。

「私を……どうするつもりですか?」

「しばらく、ここでお過ごし下さい。そして我らに――どうか、そのお力を」

 左手を握られたかと思えば、その手は少年の口元へ持っていかれ、そっと口付をされてしまった。
 驚く私に、少年は挨拶ですからと言い、嬉しそうな笑顔を見せた。

「私にはまだ、力なんてもの……」

「力は、もう少しで現れます。それまで、ここから出ることはしないで下さい」

「!? そ、そんな勝手なことっ」

「ここを出るのは危険です。どうか、ご理解下さい」

 深々と、頭を下げる少年。
 でもいきなりそんなことを言われて従えるほど、聞きわけがいい子じゃない。

「……納得する理由がないと、従えません」

 思い切って聞けば、実際に見ていただきましょうと、窓へ連れて行かれた。

「では、少し散歩でも致しましょう」

 窓を開けたと思えば、慣れた手付きで私を抱える。戸惑う私に、少年はニコッとやわらかな笑みを見せ、窓の縁に足をかける。外を見れば、そこは目も眩むような高さ。途端、恐怖で少年にしがみ付いていた。

「そのまま、しっかりと掴んで下さいね」

 自然と、握る手に力が入っていく。
 そして少年が飛び出したと同時。私は、硬く目を閉じた。

 *****

 家に帰るなり、上条は目を疑った。
 開け放たれた窓に、誰もいないベッド。急いで気配を探れば、そこには叶夜の気配を感じた。

「……彼も、抗えなかったということですか」

 考えたくはないが、叶夜は相手の手に落ちたのだろうと嫌な考えが浮かび、上条は重いため息をついた。
 それは、現王華の長である力を、よく知っているからだった。
 その力は支配の眼。相手を見つめるだけで、一時的に自由を奪える力。だが彼は自分の血を使い、長く相手の自由を奪えるだけではなく、意思をも奪い取ることが出来ると聞いていた。

「キョーヤがこれでは、ミヤビの方も……」

 気配を探るにつれ、叶夜が発症している恐れがあると感じた。今まで何もなかった彼が発症したとあれば、既に発症している彼はもっと危険な状態かもしれないと、不安で心が押し潰されそうだった。



「――リヒトさん!」



 どこからか、大声で名前を呼ばれる。窓から身を乗り出せば、一人の女性が、空から舞い降りて来た。急いで部屋に入るなり、彼女は上条に詰め寄ってきた。