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 赤い月が輝く夜。
 叶夜は、自分の世界に戻っていた。

「――早かったな」

「急ぐようにと言われましたので。今回は、どのような用件で?」

 いつものように、淡々と答える叶夜。
 その質問に、長であるディオスは、ニヤリと怪しい微笑を浮かべる。

「命華の様子を聞きたいだけだ。本来ならば、すぐにでも連れて来てもらいたいのだがな」

「いずれは連れて来ます。ですが、今は体が思わしくありませんので、まだお待ち下さい」

「なるほど。そういうことなら仕方あるまい」

「――要件が済んだのであれば、戻ります」

「なんだ、そんなに早く戻りたいか?」

 場の雰囲気が、冷たく刺さるものへと変わる。
 身構える叶夜。その様子に、ディオスは軽くため息をもらす。

「今の状態では、行かせられぬな」

「っ! 体は、問題ありません。薬もありますし、検査も済んでっ」

「そんなことではない」

 ずんっ、と。腹の底に響くような、重たい感覚。冷汗が叶夜の頬を伝い、嫌な胸騒ぎが、体中を駆け巡っていく。



「…………何が、言いたいのですか」



 おそるおそる問いかければ、ディオスは怪しく、口元を緩めた。

「要らぬものは排除――そう、教えたはずだが?」

 パチンッ! と、乾いた音が響く。途端、叶夜は体の自由を失った。

「時間切れだ。今のお前は……必要無い」

 心臓を鷲掴みされたような痛み。叶夜の体は、指先すら動かせない状態になってしまった。

「っ!? こん、なっ――!」

 ぎっ、と歯を食いしばりながら、ディオスを睨む。けれどそれが楽しいのか、ディオスは尚一層、口元を緩めていった。

「ふふっ。そのようなことをしても無意味だというのに。――今まで自由に生きられただけでも、光栄に思え」

「あ、っ……、……ぐっ!」

 それは、叶夜自身一番わかっていた。
 自然に生まれたわけじゃない自分には、いつか終わりが来ることを。
けれどそれが、こんなにも早く来るなど、予想だにしていなかった。

「お前、一つ目の誓いを捧げたか。ふっ、それだけでは不十分だというのに。――安心しろ。ただ、戻るだけだ」

 連れて行け、と近くにいる者に指示を出し、叶夜を別室に運ばせる。そこは、様々な機器のある実験室。瞬間、これから何をされるのか、叶夜は悟った。



「…………かな、らっ」



 必ず、彼女の元へ帰る!
 その思いだけが、消えかける叶夜の意識を保っていた。

「もど、って――やくそ、っ!?」

 ドガッ、と鈍い音が響く。叶夜の頬が赤く染まり、苦痛に顔を歪める。それをディオスは、つまらなそうに見ていた。続けて乱暴に髪を引っ張ると、勢いよく床へ叩き付ける。何度も繰り返すディオスに、周りの者はようやく止めに入った。

「ど、どうかお止め下さい! ディオス様!?」

「唯一の成功作です。廃棄するなら……せめて、代わりが出来るまでは生かしていただかないと」

 尚も痛めつけるディオス。己の手が血で赤く染まった頃、ようやく、その手を止めた。

「余計なことを考えるようになったものだ。お前は、存在してはいけない者だというのを忘れたか?――共に生きようなどと、幻想を抱くのはやめろ」

 はき捨てると、ディオスは近くにいた男性に、指示を与える。

「感情は徹底的に消せ。元の人形の方がマシだ」

 頷く男性。ディオスが部屋を後にすると、言われたとおり、叶夜に様々な処理を施し始めた。