『――――余計な、事』



 途端、何が起きたのか。なぜか男性はお姉さんを組み伏し、妖艶な笑みを浮かべていた。

『アレとは楽しめたか?――なんだ、まだ行為に及んではいなかったのか』

 くくっ、と嫌な笑いがもれる。
 今までの雰囲気は一変。男性は明らかに、さっきまでの男性とは違っている。

『契約を奪われたのは残念だが、まあよい。これからお前には、私の子を生んでもらおうか』

『っ!――なら、早くすればいい』

 まっすぐ、睨みながら言うお姉さん。それが面白いのか、男性の表情は、とても楽しげに見えた。

『言っておくが、お前はあくまでも代理。幾ら行為を重ねようと、私はお前に興味は無い。――――欲しいのは』

 お姉さんのお腹に手をやると、勢いよく服を剥ぎ取る。

『古い血筋の子宮のみ。――お前はただ、体を奉げればいい』

 はははっ! と、甲高い笑い声を上げる男性。
 お姉さんは冷めた眼差しで、それを見ていた。

『早い話が、専属の玩具でしょう?――早く、すればいい』

 感情の無い声。
 それを合図に、男性はさっきの部屋で見た男たち同様、お姉さんを弄んでいく。



「いっ、……んんっ?!」



 ……やめ、てよ。



「っ、ぁが、、、っ……あぐっ」



 やめてよ……もうやめて!!



 堪らず出た叫び。でもそれが、目の前にいる二人に届くことはない。
 見てるだけ。ただそこにいることしかできないなんて……。



 ――――ザシュッ!



 目を背けた一瞬、何か、音が聞こえた。再び視線を戻せば――心臓を刺されたお姉さんと、嬉しそうに頭を撫でる、男性の姿が見えた。

 ――――――――――…
 ――――――…
 ―――…



 今度は……覚えてた。



 ゆっくり瞬きをしながら、夢のことを考えた。
 今までのものとは違う。臭いや音だけじゃない。ハッキリと、記憶に残ってる。



「――――おはよう」



 やわらかな声。隣を見ると、誰かがいる。目を擦れば、徐々にその人物の顔が見えてきて――ハッキリと姿が見えた途端、言葉が出てこなかった。

「怯えないで。私はちゃんと――存在してるから」

 心を見透かすように、目の前の人物は、やわらかい口調で話しかけてくる。

「時間が無いから、手短に話すわね。貴方が今見たのは、私が体験した記憶。話すよりも、こっちの方が手っ取り早いと思ってね」

 にこにこと穏やかに話すその人は、夢に見ていたお姉さん。さっきまで酷いことをされていたのに、何も無かったかのように、笑顔で話を進めていく。

「つまりは、王華と雑華の現状を知ってもらおうと思ったの。雑華の女は、見ての通りただの玩具。遊ぶだけ遊んだら、後は実験台。ま、王華の方も似たようなものらしいけどね」

「それを見ても、私には……」

 どうしたらいいかなんて、わからない。
 困惑する私に、お姉さんはそっと、頭を撫でていく。

「貴方には、これからを決めてもらいたいの」

「こ、これからって……。具体的に、何をしたら」

「大丈夫。もうすぐ、選ぶ時がくるから。――貴方はただ、自分がいいと思った答えを出して」

 そう言って、お姉さんは私の手を握り、祈るように目を閉じる。

「私に出来るのは、これが限界かな」

「限界って」

「色々、体をいじられてるのよ。だから、たまに自分でも自分を抑えられなくなるの。ま、そのおかげでこうやって話せるんだから、ちょっとは感謝しておくけど」

 そう言い手を離すと、お姉さんはすっと立ち上がり、窓を開け放つ。外へ行こうとするお姉さんに、私は思わず腕を掴んだ。

「ま、待って下さい! どこに行くんですか? このままだったら、お姉さんは」



 ――――死んでしまう。



 そんな不吉な考えが、頭を過った。

「……ここには、残れないの。今ここに来れたのは、神様のちょっとした悪戯。本来ありえない奇跡を、体験させてもらっているのよ。そんな奇跡を体験出来たのも――貴方のおかげ」

 私の――おかげ?
 思わず、手を緩めた。
 すると今度は、お姉さんの方からしっかりと手を握り返され、まっすぐ、視線を向けられた。

「そうよ。貴方という存在があったから、私や、私以外の者がしてきたことも、無駄に終わらずにすむの。全てを……終わらせることが出来る」

「終わらせるって……王華と雑華の争い、ですか? そんな大きなこと」

「ふふっ。貴方は、自分の力を信じていれば大丈夫。――そうだ。一つ、貴方に頼みたいことがあるの」

 何かと思っていると、そっと顔を近づけてきて、

「っ!? そ、そんなこと!」

 驚きの言葉を、告げられた。

「もしもの時は、ね?」

 それだけ言うと、お姉さんは笑顔で、あっと言う間に去って行った。



 ……できるわけ、ないよ。



 お姉さんの言葉が、頭を駆け巡る。
 出来ることなら、そんなことが起こってほしくないのに――。



『私を――殺してね』



 もしもの時があるんじゃないかって、考えてしまう。
 どうしようもない思いに、私はただ、涙した。
 自分の存在とはなんなのか。
 悲しくて、悔しくて……。
 お姉さんを行かせてしまった自分が、許せなかった。