「命華の血で治る……そう言い伝えられてはいます」
「命華の……血で?」
「そうです。だから命華は、常に両方から狙われる」
「じゃあ、二人が私を護ってくれるのって……」
血が欲しいから、とか?
今まで優しかったのはその為なのかと、二人を疑ってしまう自分がいた。
「――多分、アナタが考えているようなことは無いと思いますよ」
「えっ――?」
「二人が血の為に優しいのでは、と思ったのではないですか?」
先生には、私の考えなんてお見通しらしい。頷けば、先生は小さなため息をもらした。
「確かに、二人は貴方という存在の血が欲しいでしょう。自分の命に関わることですからね」
「だったらやっぱり……」
「もちろん、可能性が無いとは言い切れません。――ですが、彼等がそんな者だと、本気で思いますか? 確かに、アナタを護ってほしいとお願いをしましたが、少なくとも、今まで接してきたことを考えれば、そんな心配は無いと思いますよ」
今まで、二人は私のことを心配してくれた。必死になってくれたし、そんな人を疑うなんて、罰が当たっちゃうよね。
「その――どうして、護るように頼んだんですか?」
「いずれ、私だけでは手に負えないと思いましてね。アナタのことが二人に見つかってしまったので、それでお願いをしたのです」
先生の話で、三人がどういう関係なのか、だいぶつかめてきた。
叶夜君は王華で、雅さんは雑華――産まれながらの雑華かはわからないけど、今一番辛いのは雅さんじゃないかと思った。
「――っ!?」
「日向さん? どうかしましたか」
「ちょっと……頭が」
……頭が、重い。目蓋も重くなっていき、これ以上話を聞けそうにない。
「負担をかけてしまいましたね。――ゆっくり、休んで下さい」
やわらかな声と共に、頭に重さを感じる。心地よい感覚に、私の意識はすぐ、眠りへと落ちて行った。
*****
地下での一室。
ディオスは付き人を従え、再び女性の部屋を訪れた。
「――血が、欲しいか?」
その言葉に、女性は反応を示す。けれど警戒しているのか、ディオスの顔をじっと見たまま、その場から動かない。
「ふっ。そんなに怪しむことはない。今から、お前を自由にしてやる」
「……じゆ、う?」
ゆっくりと、女性は言葉を発する。
ディオスは怪しく微笑みながら、話を続ける。
「そう、自由だ。ここから出られるし、お前があちら側で何をしようと、我々は干渉しない」
「…………血が」
欲しい、と言う女性に、ディオスは鼻で笑う。
すると突然、付き人の首を鷲掴む。そして勢いよく、部屋の中へと投げ入れた。
「ひっ?! く、来る、なっ! 来るなぁーーー!!……、っ!?」
ぴしゃり、血飛沫(ちしぶき)がディオスの足元にかかる。鼻に突く匂いと、静かになる部屋。それを見たディオスは、事が終わったと理解した。
「血はやったぞ。――早くそこから出て来い」
中から出てきたのは、血を纏った女性。体はやつれているが、長い茶色の髪やドレスが、辛うじて女性だということを見た目で主張する。
「…………服」
口元の血を拭い、女性は要求する。それに頷くと、ディオスは自分の後を付いて来るよう言う。大人しく従う女性は、時折見える外の景色に、暫し足が止まる。
「――――ふふっ」
部屋を出て、初めて女性は、感情を露にした。
「何をしている。我を待たせるのではない」
特に何も答えることなく、女性は男性の後を追う。
着いたのは、服が幾つも用意された場所。煌びやかなドレスや、動きやすい服まで、たくさんの種類が収納されている。その中の一着を手にすると、血に汚れた服を脱ぎ、新しい服に袖を通した。
「―――着替えたか」
戻って来た女性に対し、ディオスは再び、一緒に来るよう言う。女性は相変わらず、静かに後を付いて行く。
「――あちら側の世界に行くには、ここから先にある湖に行けばいい」
外へ出ると、ディオスは湖の方向を指差し説明する。黙って聞くその女性は、本当に自分を自由にするのかと、未だ疑っているのか。緊張感を含んだ目で、ディオスの言動や態度を見据えている。
「もうお前は自由だ。ここから出て行っても構わぬのだぞ?」
しばらくその場に留まるも、怪しい素振りが無かった為か。その言葉に頷くと、女性はディオスの前から姿を消した。