「アナタに処方している薬のほとんどは、実はあまり意味のない物なのです。薬をやめることで、本来の体質に戻ります。それに伴う痛みはありますが、これはアナタにとって必要なことです。そうすれば――アナタにももっと、人並の生活をさせることが出来ます」
〝人並みの生活〟。それは、私が一番望んでいること。でも、薬を絶ってしまったらどうなるんだろうという不安が、頷くことを躊躇(ためら)わせた。
「――少し、急ぎ過ぎましたね」
すみません、と先生は謝罪する。
「いくらなんでも、話を聞いてすぐには決断出来ませんよね。――急ぐことはないので、アナタが出来ると思った時、言って下さい」
立ち上がると、先生は懐から薬を取り出す。それをテーブルの上に置くと、ニコッとやわらかな笑みを見せ、病室から出て行った。
一人残った私は、再び、天井を仰ぐ。
痛みがあると言っていた先生の顔は、なんとも言えない辛そうな表情をしていた。だからきっと、痛みは今まで体感したことが無いほどのものなんじゃないかって。
――――それでも。
私の中で、もう答えは出ている。だから――テーブルに置かれた薬に、視線を向ける。やるなら今。決意したその時からやるべきだと、私は、薬を断つことを決めた。
ナースコールを押し、看護師さんに先生を呼んでもらうように言う。
病室に入るなり、先生は早いですね、と少し驚きの声をもらしていた。
「やるなら、早めがいいと思ったので」
「そうですか。では、しばらくはここに誰も入らないようにしておきますね」
「わかりました。――あのう」
病室を出ようとする先生に、どれぐらいの時間、痛みが続くのか質問してみた。
「予測ですが、二日程で治まるかと」
二日、か――。
何とか頑張ります、と伝えると、先生は微笑みながら部屋を出て行った。
一人になると、私は横になり天井を眺めた。
これからどれだけの痛みがくるんだろう――。
小さい頃の火傷ぐらいかな?とか。今まで経験してきた痛みを思い返していた。これまでの痛みなら、この前の夜、左手を火傷した時が一番な気がするけど。
局部的な痛みなのか。全体的な痛みなのか。どちらかわからないけど、出来るだけ軽いものになってほしいなと思った。
――そして。薬を飲まないまま、約一時間。徐々に呼吸が荒くなり、息をするのも痛みに感じてしまうほど。
痛いのは生きている証、なんて聞いたことがあるけど、今まさに、それを体感してる気がする。
いつもなら看護師さんが来る時間だけど、先生が手配しているおかげで、病室には誰も入って来ない。正直助かる。今の姿を誰かに見られるのは、気分のいいものじゃないし。このまま起きていても、何もすることはない。痛みが続くなら、いっそのこと気絶するか、どうにかして眠れればいいんだけど。
――ブー、ブー。
震動音が聞こえる。テーブルにあるスマホが鳴ってるようで、私はゆっくり体を起こし、なんとかスマホを手にする。
――たった、これだけのことなのに。全力疾走した後のように、体は疲れ果てていた。
誰から、だろう――? 開いてみると、そこには雅さんからの着信が。
――あ。切れちゃった。何の用事だったのかと思いながらスマホを手放すと、再び、震動音が聞こえた。見ると、着信はまた雅さん。余程何かあるんだろうと思い、私はなんとか電話に出た。
「――――もし、もし?」
『美咲さん!? よかった、無事なんだな』
「えっ?――――あ、はい。一応」
声が、雅さんとは違う。でもすぐに、それが叶夜君だというのが聞いててわかった。
『いきなりで驚いた。リヒトさんから話は聞いてるが……特に、変わったことはなっ、おい!!』
『ジャマが入ってごめんねぇ~。美咲ちゃん、お見舞いはあり?』
やけに機嫌のいい雅さん。電話口では、叶夜君がなにか言っているようで。ケンカしながら電話をかけているんだなというのが容易に想像できた。
「今は、調子が悪い……ので」
今度にしてほしい、となんとか口に出し、電話を切った。
ちょっと話しただけなのに……かなり辛い。
でもそのおかげか、ようやく意識が薄らいできた。これならきっと眠れる。少しでも痛みを忘れたくて、私は、その感覚に身を委ねていった。