『――――エル?』



 『――――、だけ』



 振り絞るように、少年は言葉を発する。



 『エメ姉さんのわがままを聞くのは……一回、だけだから』



 それは決意を秘めた、真剣な口調だった。
 離れようとする少年。でも言葉とは裏腹に、わかっていても、なかなか行動に移せないでいた。

 『ほら。早く行かないと……行き辛くなるわよ?』

 優しく、女性は語りかける。それに少年は一呼吸整えてから、言葉を発した。

 『わかってるよ。――――行って、来ます』

 『うん。行って来なさい』

 精一杯の笑みを向ける女性。少年もそれに答えようと、溢れ出る涙を拭い、笑顔を見せてからその場を走り去った。



 ……見ているしか、できないの?



 あまりにも二人の別れが痛々しくて、私は我慢ができず、涙を流していた。



 「貴方は……命華ですね?」



 紛れもなく、それは私に語りかけられた言葉。思わず振り向くと、女性はやわらかい笑みを浮かべていた。

 「エルは……生きているのね」

 困惑していれば、女性はゆったりとした口調で続ける。

 「貴方が見ているこの世界は現実……本物なの」

 「これが……現実?」

 声も聞こえるのか、女性は私の言葉に頷いた。

 「遠い過去……貴方は、それを見なくてはいけない。もっとも、勝手に見えてしまうでしょうけど」

 「勝手に……? どうしてそんなこと」

 「今は、時間が無いわ。また会えるか分からないし――これを」

 女性は目の前に、何かを差し出す。おそるおそる受け取ると、それは小さな石の付いたブレスレット。それを右手に付けててね、と女性は言う。

 「それが、証拠になるから。――エルに見せてね?」

 「証拠って言われても。それに私は、エルなんて人――?」

 知らない、と口にしたはずの言葉は音になることはなく。また、目の前の景色が揺らいでいった。
 途端、このままでは女性と話せなくなると理解した。思わず手を伸ばしたものの、それが届くことはなくて……景色が、全て消えてしまった。

 ―――――――――…
 ―――――…
 ――…



 ――――揺れ、てる?



 左右に揺れる感覚。ゆっくり目を開けて見れば、微かに、人の形が浮かんで見えた。

 「美咲ちゃん?――オレが、わかる?」

 低い音声が聞こえる。
 何度か瞬きをすれば、そこにいたのは――。



 「――――みやび、さん?」



 なぜか、私の手を握る雅さんの姿があった。