「へ、変な臭いでも……しますか?」

 おそるおそる聞けば、違うと言い首を横に振られる。

 「惹きつけられるような……匂いがする。多分、命華特有のものなんだろうが」

 「命華特有の、ですか?」

 「おそらくな。もしそうなら、これはとても危険なことだ。王華はおろか、雑華やそれにより吸血鬼となった人ではない者を呼び寄せる可能性だってある。……オレも、正直辛い。本能が求めるんだ。君という存在全てを手に入れろと……頭に直接、命令される気分だ」

 ぎぎ、と歯を噛みしめる音がする。
 耐えているのか、叶夜君の表情は、とても辛そうに見えた。

 「発症……していないはずなんだが……」

 苦笑いを浮かべ、情けないな、と呆れる言葉を発する。そんな自分が許せないのか、両手を勢いよく壁にぶつけた。ヒビが入るほどの衝撃。思わず、体が強張ってしまう。
 無言に見つめ合い、ぴんと糸が張ったような緊張感が、私たちを包んでいく。



 「――――アンタは退場ね」



 軽やかな声が、重い雰囲気を打ち破る。
 風を感じたと思えば、目の前に見えたのは背中で、

 「自分でもわかるだろう? アンタは今、美咲ちゃんといられない」

 現れたのは雅さん。私と叶夜君を引き離すと、叶夜君に詰め寄った。

 「今のアンタじゃ護れないし、手にかける危険だってある」

 「っ! そんなこと……」

 「否定してもダメ。オレにはさ、そーいうのがわかるんだよ。自分が発症してるからかな。そいつがもうすぐ同じになる、ってね。さっさと帰って薬飲むなり、手を打て。もっとも、アンタが感染したらしたで、その時はオレが始末してやるから、安心しな」

 どこまで本気なのか。叶夜君を見る雅さんの表情は、冗談に見えなかった。

 「……俺でこの状態なんだ。お前なら、俺以上に危険だろうが」

 「その必要はないさ。ちゃんと飲んでるからね。――少なくとも、今のアンタよりは安全」

 だから帰れ、と言う雅さんに、叶夜君は無言になってしまう。

 「み、雅さん……そこまで言わなくても」

 おそるおそる言えば、それじゃ甘いと注意されてしまった。

 「初めて発症するとね、手当り次第襲うんだ。女は〝男〟を。男は〝女〟を。――つまり、ここでアイツが発症でもしようものなら確実に美咲ちゃんが襲われるし、学校のみんなも、襲われちゃうかもね」

 それでも止める? と聞かれ、返す言葉がなかった。

 「とりあえず――美咲ちゃん。悪いけど、中で待ってて」

 背中を押され、ドアの向こうへと連れて行かれる。

 「すぐに済むからね」

 「あ、あのう!……ケンカとか、しないですよね?」

 戻ろうとする雅さんの腕を掴み、不安を口にする。それに雅さんはやわらかな笑みを見せ、大丈夫だからと言ってくれる。そしてそっと手を払うと、ドアの向こうへ行ってしまった。