「ま、美咲の顔色が悪いのには同意するけど。――ねぇ、ホントに大丈夫?」

 「食欲がないぐらい、かなぁ。これといって、特にどこか痛いとかはないんだけどね」

 「無理して食べるのも悪いもんね。じゃあそれも下げておくから」

 さっと食器も持つと、杏奈は私の分まで片付けてくれた。



 「――多分、それの後遺症」



 頬杖をつきながら、雅さんは私の左手を指差す。

 「後遺症って……」

 「うん、石碑でやったそれね。一時的に、美咲ちゃんの中にある命華の血が活性化してるんだと思う。――だからさ」

 さっと真横に移動するなり、雅さんはスマホを差しだしてきて、私のも出すように言う。

 「念のため、交換しよう?」

 「いいですけど……後遺症って、ずっとですか?」

 「長く続かないから大丈夫。今は不安定なだけで――こう、いわゆるホルモンバランスが崩れた、みたいな状態? もしなにかあったら連絡して」

 無くても大歓迎だけどね! なんて笑いながら番号を入れると、満足そうにスマホをしまった。

 「雅さんは、命華のことについて詳しいんですか?」

 「そこそこってとこかな。――でも」

 ふっと口元を緩めたかと思うと、妖艶な笑みを浮かべならがら顔を近付け、

 「二人が知らないとっておきの情報――だね」

 耳に、吐息と共に温もりを感じた。
 思わず体はのけ反り、何をされたのか未だ把握できないほど、心臓はバクバクと高鳴っていた。

 「っ、……」

 うまく、言葉が出てくれない。
 ようやく回り出した頭は、今のことを整理し始めた。耳になにかされたのは間違いない。でも、息を吹きかけられたとかそんなレベルのものじゃなかった。痛みは無かったから、噛んだりはしてないと思うけど――。
 そっと、耳に触れる。すると微かに、湿っているように思えた。

 「ははっ、さすがにやり過ぎたかな?」

 「!? も、もう知りません!」

 立ち上がるなり、私は食堂から急いで出て行った。

 「まったく、雅さんったら……」

 食堂で(外でも困るけど)あんなことするなんて!
 二人には多少免疫ができてるものの、完全にではない。それなのにあんな……耳を、舐められるなんて。
 顔がどんどん熱くなり、茹であがりそうな勢い。恥ずかしさで叫びたくなるけど、本当に叫ぶわけにはいかない。行き場のない気持ちを抱えたまま、私は教室へと避難した。



 「――――?」



 入るなり目にしたのは、意外な光景。まだお昼休みも半分残っているというのに、叶夜君が席に座っていた。――正確には、机にうな垂れた状態で、だけど。
 いつも五分前にしか戻って来ないのに……具合でも、悪いのかなぁ。
 石碑での後遺症があるのなら、あの時そばにいた叶夜君にも、変化があるんじゃないかと心配になってきた。

 「叶夜君? どうかしたんですか?」

 頭をゆっくり動かし、目だけで私を確認する。その瞳に覇気はなく、初めて会った時のように、虚ろなものとなっていた。

 「薬、切れたんですか?」

 そばに近寄り、小声で訊ねる。すると叶夜立ち上がるなり、私の腕を掴んだ。驚いたのもつかの間。有無も言わさず手を引かれ、屋上へと連れて来られてしまった。

 「一体どっ!?」

 扉を閉めるなり、私は壁に追いやられていた。左右を両手で囲われ、目の前には、虚ろな瞳の叶夜君がいる。
 …………こ、わい。
 感情が読み取れない。ただまっすぐに見つめられ、何があったのかと困惑していれば、



 「その匂い……どういうことだ」



 険しい表情で問われた。