「も、もう呼ぼうとしない、のでっ。そのっ」

 放してほしいと、なんとか言葉を振り絞った。でも、少年はその手を緩めることなくて。

「――くすりの、匂い」

 ぐぐっと、更に私を引き寄せた。
 ヤバいヤバいヤバい――!こ、こんな至近距離に異性がいるなんてことっ!知り合いでも恥ずかしいのに、それが今出逢ったばかりの人とくっつくなんて!
 頭の中はもうパンク寸前で。あうあうと、言葉にならない声がもれるだけだった。

「落ち着く…もうすぐだから、騒がないでくれ」

 お、落ち着くとか言われても!逃げようにもがっつり掴まれているから逃げようがなくて。こんなの、体調が悪い人の腕力じゃない気がするんですけど!?



「君も――何かの病気か?」



 どれぐらいそうされていたのか。急にそんな質問をされた。

「……ぞ、造血剤を」

「それだけか?」

「……日に、照らされるとっ。火傷を」

「――そうか」

 ため息交じりにそう呟くと、少し腕の力が緩められ。

「君は――同じかもしれないな」

 と、そんな言葉を耳にした。

「お、同じ、とは――?」

「俺にも、似たような症状がある」

思わず顔を上げた。今まで、自分と似た人に会ったことがない。目の前に居る人が私と同じと言うのなら。

「――あなたも、同じ薬を?」

 視線がぶつかる。それに少年は、少し間をおいてから話し始めた。

「薬はいくつか飲んでいる。君からは――同じ匂いを感じるんだ」

「そ、それって…薬臭いってだけなんじゃ」

 視線を下げながら呟くと、頭に優しく手の平が置かれた。

「悪い意味じゃない。俺は単に、匂いに敏感なだけだから」

 頭を撫でながら、少年は続ける。

「俺も、女性で同じような人は一人しか知らない。だからかなぁ。少し――嬉しい気がする」

 それまで淡々とした喋りだったのが、少し、熱を帯びた気がする。
 本当に私と同じなら、私も少なからず嬉しい。未だに心臓はバクバク言ってるけど、それでも嬉しい気持ちのほうが勝っていた。

「――おかげで落ち着いた」

 途端、緩められる腕。改めて視線が交わった時、今更のように私は離れていた。

「悪かった。だからそう怯えないでほしい」

 そう言って立ち上がる少年。背は私の頭一つ分高くて、改めて目の前にすると、その容姿に見惚れそうになった。

「ほ、本当にもう」

 大丈夫なのかと聞けば、あぁ、と頷いてくれた。
 確かによく見れば、顔色もそう悪くはなさそう、かな?

「不快な思いをさせたなら謝る。――人に、慣れてないんだ」

 少しばつが悪そうに答えたその顔は、ようやく年相応の顔に見えた。

「ふ、不快とかはないのでっ。あ、あのう!」

 もう少し、話してみたいと思った。今まで理解してくれる人が少なかったし、本当に同じなら、関わってみたいと思ったから。男子とは元々積極的に話す方ではないけど、同じと言われた言葉が、私の背中を押していた。

「女性でもう一人、似たような人を知ってるんですよね?その人に会うこととかって」

「悪いが…会うことは出来ない。俺もどこに居るか知らないから」

「そう、なんですね」

 なんとなく、女性についてこれ以上聞いてはいけない気がした。それは少年の表情が、少し悲しげにえてしまったから。話題を変えようと、私は少年について話を聞いてみることにした。

「見たところ…あなた、日傘はさしてないですよね?大丈夫なんですか?」

「問題ない。まぁ、あまり出歩かないのがいいことはいいが。君は違うんだろう?」

「は、はい。さっきも言ったように、火傷してしまうので」

「女性にとっては苦労だろうな」

「そうですね。今も長袖がかかせませんから」

 病院の人以外と、こんなに話すのはいつぶりだろう。
 最初は急に抱き着かれて驚いたけど、今ではもっと知りたいと思うようになっているんだから。

「私、似たような人に会ったのは初めてで…正直、嬉しいんですよね。病気なのに不謹慎かもですけど」

「それはよかった。でも――」

 何か呟いたと思えば、少年は目の前に来ていて。

「夜には気をつけろ」

 と、警告ともとれる言葉を発した。
 夜って…事件があるから?だからそんなことを言うのかと思案していると、わかったか?と念を押すように聞かれた。

「……どうして、出たらダメなんですか?」

 少年の目を見ながら、理由を訊ねる。すると少年は。

「――利かない、のか?」

 と、なぜか意外そうな表情を浮かべていた。私は私で不思議そうにしていると、それを感じたのか、少年は改めて話を始めた。

「悪い、理由が知りたいんだよな? 理由は――君が気に入ったから、だな」

 なにを言うのかと思えば、少年はそんなことを言ってのけた。
 思わずドキッ! と大きく跳ね上がる心臓。でも、驚いたっていうより、恥ずかしいって気持ちの方が強い。

「り、理由になっていません……。ちゃんと、説明して下さい」

「俺としては、ちゃんとした理由のつもりだったんだがな。――簡単に言うと、ここらを今夜、怖いやつらがうろつく予定になっている。変に因縁つけられて、絡まれたくないだろう?」

 今度はちゃんと、理由らしい理由を答えてくれた。怖い人たちだなんて……不良とか、そういうこと?というより、なんでそんなこと知ってるんだろう?もしかしたら、そういう人たちの仲間なのかと思ったら……少し、体が強張り始めていた。

「――俺は、違うから」

「違う、って……」

「多分、君が今考えてること。知ってるけど、俺は違うから」

「そう、なんですか?」

「あぁ。だから、出来れば怖がらないでほしいかな」

 苦笑いを浮かべる少年。どうやら、私が怖がってしまっているのをわかったらしい。

「とにかく、今夜は家でじっとしててくれ。――いいな?」

 ぐいっと、距離を詰める少年。思わず後退した私は、恥ずかしさのあまりまともに返事を返せなくて。何度も頷くことで、少年の言葉に答えた。その反応が面白いのか、少年はくすっと笑いをこぼす。

「本当に分かったなら安心だ。――じゃあな」

 最後にやわらかな笑みを見せると、少年は軽く手を振りながら帰って行く。
 それに私も、その場で小さく、手を振りながら見送った。