「帰りは、他のやつに頼んだから」

 しばらく待っててくれと言う叶夜君の言葉に、私は首を傾げた。
 わざわざ呼ばなくても……一緒に、帰ればいいんじゃないの?
 どうしてだろうと表情を曇らせれば、それを察したのか、叶夜君は私の方を向き、



「触れるのは……怖いだろう?」



 一歩。たった一歩、こっちに近付いただけなのに――本能的に、体は叶夜君から逃げていた。

「これで、他のやつを呼んだ理由が分かっただろう?」

 考えを見透かすような言葉。自分では大丈夫だと思っていても、実際にはまだ、恐怖が体を支配していた。

「多分、ミヤビが来るだろう。だから美咲さんは、ミヤビと一緒に帰ってくれ」

「……だい、じょうぶ」

 ちゃんと、言わなくちゃ。 ここで言わなかったら、きっと、叶夜君は責任を感じちゃう。

「ま、まだ怖い、けど……叶夜君のことは、大丈夫、ですから」

 ゆっくりと立ち上がり、徐々に距離を詰める。そして手を伸ばしながら、

「だから……さ、避けないで、下さい」

 叶夜君の腕を掴み、声を振り絞って伝えた。
 確かに、あんな光景を見てしまえば怖い。でもだからと言って、叶夜君のことをずっと怖いと思うことはない。護ってくれようとしたことは……痛いほど、伝わってるんだから。



「…………難しいな」



 苦笑いを浮かべたかと思うと、叶夜君は手を払い除け、

「俺の方が、怖がってるらしい。――余計なことはするなよ」

 そう言って、突然肩を押された。途端、倒れようとした体はしっかりと支えられていて、

「ったく、オレだって簡単に手出ししないっての」

 ちょっと拗ねた様子の雅さんが、後ろに立っていた。
 い、いつの間に来たんだろう。
 相変わらずの登場に、私は一瞬、恐怖を忘れていた。

「オレが送るけど、問題ないよね?」

「あ、はい……でも」

 また体が震えてしまって、なかなか治まる気配がない。
 不快な思いをさせるんじゃないかと心配していれば、

「っ!? み、雅……さん?」

 突然ひょいっと、体を抱えられてしまった。

「変な気とか遣わないの。色々あった時は考えない! ね?」

 ニコッとやわらかな笑みを向けられ、思わず、その言葉に頷いてしまった。
 そう、だよね……。
 色々考えても、仕方ないことだし。
 そう思ったら、なんだかどっと、疲れがきた気がする。

「そうそう。オレ、美咲ちゃんのそばにいるようにしたから――って、寝ちゃってる?」

 目蓋が重くなり、もう、言葉を返すことも億劫(おっくう)になってきた。

「疲れちゃったんだね。ゆっくり休むといいよ」

 その言葉を最後に、私の意識は、徐々に眠りへと落ちていった。