最近、巷で物騒な事件が騒がれている。血を抜かれた遺体や、食い荒らされた遺体が、春に入ってから増えてきている、と言う怪事件だ。時折、綺麗な遺体も見つかるから、臓器が抜かれているのでは?なんて噂が広がっていた。
普段この手の噂には疎い私がそんなことを知っているのは、私が病院に通っているから。幼い頃から持病があって、入退院を繰り返している。そのおかげで、高校最後の年だというのに四月から通えなくて、病院からのスタートになってしまった。そしてようやくまともに通えたのが、七月の今に至る。
「――やっと帰れそう」
点滴が終わったのを眺め、ほっと胸をなでおろした。
今日は一週間ごとにおこなっている定期健診。ここのところ調子がいいから、今年の夏はいつもより楽に過ごせるかもしれない。
私が患っているのは、血液不足と、日に照らされると肌が赤くなること。血液不足は造血剤を。肌が赤くなるのは、夏でも長袖を着て、日焼け止めや日傘をさすことで今のところ大事に至ってはいない。小さい頃はみんなと同じがよくて、半袖を着て肌を火傷しかけたりしていたんだけどね。
「順調そうですね、日向(ひなた)さん。これなら次は二週間後で大丈夫でしょう」
先生からのお墨付きをもらい、私は気分良く病室をあとにした。
黒のカーディガンを羽織り、黒い日傘をさす。
病院の敷地内を出ると、住宅地に向けて歩き出した。もしかしたら――。調子がいい今なら、少しは傘を差さなくてもいいかと思い、傘を閉じてしばらく普通に歩いてみた。
日が落ち始めているから、日差しもやわらかい。顔も熱くならないし、これなら今日は家まで行けそうだと、一層気分がよくなっていた。
坂道を上ると、休憩スペースにさしかかる。そこで私は、いつものように奥へと進んで行った。調子がいい時でも、だいたいここに立ち寄って休むことが多い。それは体を気にしてってのもあるんだけど、ここは私のお気に入り。ここから眺める夕日は、この辺りで一番綺麗に見える場所なんだよね。
「――――?」
いつも座るベンチに向かうと――人が、横になっているのが見えた。
残念。あそこ、一番眺めがいいのに。ここにはあまり人が来ないから、こうして誰かに先を越されたなんて初めてだった。
仕方ない、か。隣にあるベンチで休んでいこう。
移動して腰かけると、目の前で、ゆっくりと沈んでいく夕日を眺めた。日差しが顔に照らされても、熱を持つことはない。やっぱり調子はいいみたいだ――?
ふと、妙な音が聞こえた。意識を集中してみれば、それは隣のベンチからで。けだるそうに腰かけ、息を荒くしている少年の姿が見えた。よくみれば、片手で胸を押さえていて。
「あ、あのう」
呼びかけに、少年は視線だけをこちらに向ける。
思わず――ため息がもれるほど。澄んだ青い色をした瞳は、あまりにも大人びて綺麗だった。髪も、瞳と同じぐらい綺麗で。少しウェーブがかった艶やかな黒髪は、少年が呼吸をするたびに、小さく揺れていた。
「――ぐ、具合が悪いなら、救急車を」
ようやく言葉を発したのは、しばらく経ってからで。
その瞳に魅了されたのか、目をそらせないまま、私は少年を見つめていた。
「…………」
「…………」
少年も目をそらすことなく、私を見つめ続ける。まだ言葉を発しないのは、それだけ体調が優れなのか。もう随分と長い時間、お互い黙ったまま見続けているように感じた。
さすがに、ずっとこのままってわけには……。どうしようかと心配していれば、
「……必要、無い」
そう呟き、姿勢を正した。
「でも…苦しいんですよね?」
「血が足りないだけだ。…休めば、どうにかなる」
「血が足りないって…貧血ですか?それとも…」
私と同じ、造血剤が必要なんじゃないかって、頭をよぎった。
「俺にかまうこと…っ!」
ぐぐっと、前かがみになる少年。具合が悪いのは明らかで、私は急いで少年に駆け寄った。
「ほら!やっぱり具合が悪いじゃないですか!」
「……だいじょう、ぶ。俺にかまうこと」
「ダメです!やっぱり今すぐっ!?」
スマホを手にしようとした途端、体が倒れる。何が起きたのかと思えば、
「頼むから…騒がないでくれ」
頭の上から、そんな言葉がふってきた。
「ただの発作だから…」
暖かいと思えば、それは少年の体温で。私は真正面から少年に抱き寄せられていた。