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 あれから数日。特に何もなく過ごせていた。
 そして今日は、昼から街に買い物に来ていた。いつもは一人だけど、珍しく友達と一緒に。

 「ねぇ杏奈。ここ、入ってみよう!」

 「わかったから、そんな急かさないで」

 一緒にいるのは、入学式の時から話しかけてくれた倉本さん。こうやって友達と遊ぶなんて無かったから、私はすごくはしゃいでいた。はしゃいでいるといっても、もちろん、長袖と日傘は忘れていない。クラスの人にはまだ敬語だけど、杏奈とはお互い名前で呼び合うほど、すっかり打ち解けている。
 ショッピングを終えた今、私たちはカフェに入り、ケーキを食べながら雑談を始めた。

 「今度は、映画でも見に行こっか」

 雑誌を広げ、どうかな? と聞かれる。

 「うん、行こう! 何がいいかなぁ?」

 「ん~とりあえずは、来月あるコレなんてどう?」

 雑誌をめくり、杏奈が幾つかおススメの映画を選んでくれた。本当、こうして友達と遊べる日が来るなんて、すごく嬉しい。体調が悪くなっても、杏奈は変に気を遣わないから、私も気楽に接することができていた。

 「じゃあ、来月はこれで――あ、ごめん電話」

 出るなり、杏奈の表情が変わる。何を話しているかわからないけど、明らかに面倒臭そうな様子なのは見てわかった。

 「うん、うん――わかってるから! じゃあ、また後で」

 電話を終えると、杏奈は突然ごめん! と、私の目の前に両手を合わせ謝ってきた。

 「急に、どうしたの?」

 「えっと……今、親から連絡あってさ。迎えに来いって言われて」

 「そうなんだ。じゃあ、ここでお別れだね」

 「ホンっトにごめん! 家まで送るって言ったのに……」

 「気にしないで。調子いいし、ちゃんと帰れるよ」

 「それならいいけど……なにかあったら、すぐに電話してよ?」

 「約束する。ほら、早く行ってあげないと」

 「あ、うん。――じゃ、また学校でね!」

 自分のお代をテーブルに置くと、杏奈は急いでお店から出て行った。
 私もそれからすぐにお店を出て、夕暮れの道をゆっくりと歩いていた。いつもの丘に差し掛かると、ちょうど、夕日が沈んでいくのが見える。



 ――リン。



 どこからか、鈴の音が聞こえる。周りを見渡せば、塀の上から、一匹の黒猫がこっちを見ていた。

 「――ニャ~」

 一声鳴くと、黒猫はぺこっと頭を下げ、足もとに擦り寄って来た。
 ふふっ、人に馴れてるんだ。
 しゃがみ込み頭を撫でてやれば、猫は嬉しそうに喉を鳴らす。

 「気持ちいい?――あ。君の瞳、二色なんだね」

 猫の瞳は左右色が違い、とても綺麗な青と緑色をしていた。

 「黒毛に青い瞳だと……ロシアンブルー、だっけ?」

 片目は緑だけど、見た目はそんな感じがした。
 いいとこの猫なのかなぁ~と思いながら撫でていれば、猫は嬉しそうにじゃれていたというのに――それまでの愛想は一変。何か気に入らないことがあったのか、急に、猫は袖に噛み付いてきた。

 「っ?! い、いい子だから……離して、くれる?」

 宥(なだ)めるように言えば、言葉が通じたのか、猫はあっさり噛み付くのをやめてくれた。

 「――ニャ~ゴ!」

 「?――何か、あるの?」

 塀に登るなり、すぐに歩きだしたものの、何度もこちらを振り向く猫。そのたびに鳴かれ、まるで、私を誘っているかのように思えた。

 「着いて来い……とか?」

 「ニャ~!」

 頷く猫。本当に言葉がわかっているかのように、私の言葉に対して反応を示してくれている。
 ……でも、またなにかあったら。
 数日前のことが、頭を過る。今一人でいるということが、私の中で警戒心を強めていった。

 「――ニャ~」

 尚も私を呼ぶ猫。でも、やっぱり着いていくのは――。

 「――ごめんね。私、もう帰らないといけないから」

 また今度ね、と言い、猫の頭を撫でる。
 後ろ髪を引かれながら、私は猫と別れることにした。途中振り返って見れば、猫は名残惜しそうに、ずっとこっちを見ている。
 あんなに懐いてくれるんだったら……もうちょっと、遊んであげればよかったかなぁ。そんなことを考えながら歩いていれば、空の色が、徐々に夜へ変わっていく。とても静かな時間が流れ、歩きながら沈む夕日を見ていた時、



 「っ?!――ぁ、く」



 突然、酷い痛みが頭に走る。発作でも起きたのかと思っていれば――目の前に、あの世界の景色が見えた。