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 しばらくお墓で待っていると、嬉しそうな笑みを浮かべながらおじいちゃんがやって来た。

「蓮華さんって人と会えた?」

「あぁ、今まで話してたとこじゃ。美咲も、少しは話したのか?」

「うん、ちょっとだけ」


「そうかそうか。また機会があれば来るらしいから、その時は美咲、お前もお茶を出してみるか?」

 にこっと笑みを浮かべながら、おじいちゃんは線香に火を付け供える。

「だ、ダメダメ! ずっとやってないし、お客様に出すなんてこと――。せめて、普通のお茶なら」

 一応、おばあちゃんから茶道は教わってる。だから初歩ぐらいならわかるけど……それを人前で。しかも、よりによって蓮華さんの前でだなんて、ちゃんとできるか自信がない。

「蓮華さんは、そっちの方が好みなんじゃよ。――まあ、無理にとは言わんよ。じいちゃんがいる時に来たら、じいちゃんが入れよう」

 それからお墓に手を合わせ、私たちは花を備えてお寺を後にした。
 帰りのバスの中、おじいちゃんは蓮華さんのことを話してくれた。
 名前は、鬼裂蓮華(きざきれんか)。家は山の方にあり、昔からの大地主。当主は蓮華さんが継いでいて、滅多なことでは地元はおろか、近くの町にさえ顔を出さないらしい。別に、不自由な生活を強いられてるわけじゃない。ただ単に、蓮華さん自身が外に行きたがらないのだとか。だからおじいちゃんも、会うのは十八年ぶりで本当に久々らしい。
 趣味は茶道に華道と、まさしく【和】というのが相応しい人だなと、改めて思った。

「そんな人にお茶を立てないかって、おじいちゃんも意地悪なこと言うよね」

 帰り道、私はちょっと拗ねた口調で文句を言った。それにおじいちゃんは、私の腕なら大丈夫だからと笑っていた。
 ……一応、練習しておこうかなぁ?もしかしたら、頼まれる可能性だってあるわけだし。変な物を出すわけにはいかないもんね。
 家に帰るなり、私は仏間の押入れの中から茶道の本を探した。おばあちゃんが使ってた物だから写真も白黒だけど、結構わかりやすく書いてある。所々、おばあちゃん自身が書きこんだ言葉もあって、見ていると嬉しい気分になってくる。
 そう言えば……家って、どこの流派なんだろう?
ふと、そんな疑問がわいた。表紙は色あせ判別できない。どこかに書いてあるはずだと思い、本や持っている道具入れをよく見てみると、〝鬼裂〟の文字を見つけた。
 ――――まさか、ね。一度はそう思ったものの、鬼裂なんて珍しい苗字がそんなにあるとも思えなくなって。

「もしかして……蓮華さんの家って、茶道で有名なとこ、とか?」

 おじいちゃんに、その疑問を聞いてみた。するとあっさり、そうじゃよ、なんて言葉が返ってきた。

「お茶もじゃが、蓮華さんが得意とするのは、どちらかと言えば花になるの」

 習ってみるか? と微笑むおじいちゃんに、私は苦笑いを浮かべた。
 興味はあるけど、そんなすごい人に教わるのは……ねぇ?
なんだか気が引けるし、蓮華さんみたいな美人とマンツーマンで授業されたら、緊張でまともにできないと思う。それだけ蓮華さんには、女性として敵わないな、と思う部分を感じていた。やってみればいいのにと言うおじいちゃんに、機会があればね、と言い部屋に戻る。そこで私は、再びじっくり、茶道の本に目を通していた。

 *****

 空が暗く染まる頃――。
 街は、強い光に包まれていた。隅済みまで照らすようなそれは、看板に付けられている電飾。目が痛くなるほどたくさんの光が輝くそこは、都会の闇の部分と言える場所。
 ここでは、何が起きようと気にしない。
 ここでは、互いを気にしない。
 そんな希薄な空間の中でも更に奥――とある路地裏で、物音がしていた。月灯りも届かぬほどの闇。壊れかけの裸電球が、辛うじてその状況を照らし出す。
 ぐちゃ。ぶずっ。
 ぎぎっ、ぎ、、、……。
 聞きなれない音が木霊する。
 風に揺らされた電球が、徐々にその正体を照らし出していく。
 壁にほとばしるのは、一筋の赤い線。その近くには、一人の男性がうつ伏せになって倒れている。生きているのか。それとも死んでいるのか。男性の体は、小刻みに痙攣(けいれん)していた。



「――――これで八つ目、か」



 倒れた男性の足元に、別の足が見える。靴の大きさと声からして、おそらくは男性だろう。その人物は目の前の光景を見ても、顔色一つ変えない。更に奥へ進む男性の目の前に、地面や壁にほとばしる赤黒い線が増えていく。突き当りの路地。そこを曲がりしばらく歩いていれば――むせ返るほどの臭いが鼻を衝く。



「――――地獄、だな」



 思わず呟く。
 獣に食い散らかされたような、大小様々な肉の塊。よく見れば、それは人間の死体。
 いや。もはやそれを人間と呼ぶには難しい。人としてのカタチ。原形が判らないほど破壊されたそれは、ただの肉片としか呼べない代物になっていた。



「結構な人数ねぇ~」



 頭上から、軽やかな声が聞こえる。見上げれば、その者は男性の元に静かに舞い降りた。

「首謀者は? まさか逃がしちゃったとか言うんじゃ……」

 今の季節には似つかわしくない、暗めのロングコートを羽織った少女。この場の光景を見ても、男性同様顔色一つ変えず、状況の説明を求めた。

「で、どうなの?」

「自分も先程来たばかりだ。他の場所で死にかけてる者がいたから、そちらを優先していた」

「お、さすがは随一の使い魔。私が望む優先順位をわかってらっしゃる」

「……別に、貴女の為ではない」

 不満そうな男性。対して少女は、素直じゃないなぁ~と言いながら笑っていた。

「仮とはいえ、今は私が主よ? そんな風に言わなくてもいいのに」

「確かにそうだが、完全に貴女に従うわけじゃない。――あくまでも、限定的な主従関係だということを忘れずに」

「お互いの利害が一致している間。もしくはあなたの主が見つかるまでの間、でしょ?」

 頷く男性。それに少女は、さてと、と背伸びをする。

「とりあえず、ここの消毒から始めましょうか。――あ、結界忘れずにね?」

 服の中から小瓶を取り出し、中身を辺りに撒き散らす。蝶のように舞うそれは、甘美な香りを漂わせながら、肉片のみを焼きつくしていった。