「――――両親の知り合い、ですか?」



 ぱっと見、二十代前半に見える若い女性。だからおばあちゃんよりも、両親と関係があるんじゃないかと思った。

「――いや。両方とだな」

 そう答える女性は、同性でも見惚れてしまうほど、綺麗と凛々しさを兼ね備えていた。
 艶やかな黒髪は、肩できっちりと添えられ。大きな黒い瞳が、とても印象的だった。

「私は蓮華(れんか)。お前の名は?」

「わ、私は――美咲、と言います」

「美咲? 祖母の名前から取ったのか?」

「そうみたいです」

「となると、付けたのは祖父か?」

「はい。おじいちゃん、おばあちゃんのことが大好きで、私にもおばあちゃんのような優しい人になるようにって」

「ふふっ、そうか。――あいつが考えそうなことだな」

「考えそうなって――?」

「いや、こちらの話だ。月命日に通っているとは聞いていたが、本当に通っているのだな」

「はい。とは言っても、私は学校が休みの時だけなんですけど」

「それでも素晴らしいことだ。最近では、一年に一度でも参るか分らないような家族もいるのだからな。――今日は、一人で来たのか?」

「いえ、おじいちゃんもいますよ。疲れたみたいなので、今は休憩してます」

「なら帰る前に、挨拶でもしておこう。――では、いずれまたゆっくりと」

 話を交えような、と言い残し、女性は優雅に立ち去る。
 それに私も挨拶を返し、去って行く後ろ姿を、しばらく眺めていた。

 *****



「いい子に育ったようだな――葵(あおい)」



 椅子に腰掛けるなり、蓮華は隣にいる男性――美咲の祖父に話しかけた。

「大事に育てているのがよく分かる。さぞかし、溺愛しているのだろうな?」

「溺愛、かは分かりませんが――まあ、それなりに」

 葵は嬉しそうに、目を細めながら笑みを浮かべる。

「あなたから託されたからではなく、本当の子供のように育ててますから」

「そこは心配などしておらぬ。お前たち二人ならと思い託したのだ。――ある意味、それが【罰】でもあったがな」

「何を言いますか。これは罰とは言いません。――私たちは、幸せな時間を頂きました」

「そう思っているのならよいがな。――咲の最後は、どのようなものだった?」

 明るかった口調が、暗いものへと変わる。神妙な面持ちになる蓮華に、葵の口調も、何処か引きしまったものに変わった。

「〝普通〟、でしたよ。人が死ぬのと同じ。普通に歳を取り、普通に体が衰えていく。――〝人として〟生をまっとうしました」

「――――〝人として〟、か」

「えぇ。それがあなたたちからすれば、一瞬の命だというのは分かっています。ですが――私たちにとっては、本当に幸せな時間だったのですよ?」

 尚一層目を細め、笑顔を浮かべる葵。その表情に、蓮華も口元を緩めた。

「こうものろけられるとはな。――幸せに過ごせたのならよかった」

「私たちのことより、今はあの子のことを……」

「……あぁ、分っている。うろついているのがいるようだが、手出しさせないよう注意をはらっておこう。一応は私の子だ。そう簡単には連れて行かれまい。――先程近付いて分かったが、術の耐性も少しはあるようだしな」

「木葉(このは)さんにも言いましたが、どうか、よろしくお願いします」

「…………木葉?」

「目覚めたばかりで忘れましたか? あなたのそばにいるもいる男性ですが――」

 自分の近くにいる? 確かにいつもいる者はいるが、その者は別の名前のはず――。
 考え込む蓮華。なかなか思いだせないのか、葵にその者の特徴を聞いた。
 耳が隠れる程度の長さをした、黒髪の若い男性。瞳は焦げ茶色で、蓮華に使える立場だというのに、いつも意見を述べる(どちらかと言えば叱るが近い)人物だと言う。

「――――あいつか」

 どうやら最後の説明で、誰なのかわかったらしい。自分に意見する者など一人しかいない、と確信を持っているようだ。

「そういえば、本当の名は捨てるとかどうとか言っておったな。――なるほど。今は木葉と名乗っておるのだな」

「まだお会いになってなかったのですか?」

「あぁ。珍しいこともあるものだ。目覚める時は必ず、犬のようにそばにいるくせにな。おそらく、お前の家や周辺を調べているのだろう。あいつは病的なほど仕事熱心だからな。――さてと」

 そろそろ戻る、と言いながら蓮華は立ち上がる。

「機会があれば、また会おう」

「えぇ。その時は是非とも、お茶でもゆっくりと」

「茶であれば、立ててくれるといいのだがな」

 そんな注文を挨拶代りに、蓮華はあっと言う間に姿を消した。

「お茶ときましたか。――帰ったら久々に、立ててみますかね」

 嬉しそうに笑みをこぼしながら、葵も立ち上がり、美咲の元へ歩いて行った。