『――――すまない』



 謝る声が聞こえる。これは……男の人?

 『すまない……私は。私は――――!』

 『……、……』

 次に聞こえたのは、男の人とは別の小さな声。でも、あまりに小さ過ぎて、なにを言ってるのか聞き取れない。

 『止めることが……出来なかった。アナタに背負わせてしまったなど……罪人も同じだ!』

 はっきり聞こえるのは、もう、男の人の声だけ。景色も何も見えない、声だけの夢。暗い闇の中で聞こえる声は、とても悲しみに満ちていた。

 『呪いが私に向かっていれば……』

 呪い? 呪いって……叶夜君や雅さんにあるのと、同じもの?

 『……これならば、私でも逝けるだろうか?』

 カチッ、と金属が擦れる音が聞こえた。
 言葉からして、男性がなにか危険なことを考えているんじゃないかっていうのが、容易にわかる。おそらく、目の前には大事な人がいて、死にそうなのに手の施しようがないとか。もしくは、もう死んでしまったんじゃないか。どっちにしても、もし今の考えが合ってたら――きっとこの人。

 『これならば、私の心臓をも』

 貫けるはずだ、と言う声が聞こえる。
 やっぱりこの人、死ぬつもりなんだ!
 そう思ったら、私は誰ともわからない人に向かって叫んでいた。死んじゃダメ! そんなことしないで! と、大声で叫び続けた。



 ――――それなのに。



 声が木霊することも、音になることもなかった。
 何度目かの叫び。未だ響くことがない声の代わりに、徐々に闇が薄れ始めていく。そこで目にしたのは――。



 『――――愚か、だな』



 短剣を心臓に刺そうとする男性と、片手を犠牲にしてそれを制する、女性の姿だった。

 ―――――――――…
 ――――――…
 ―――…

 朝の目覚めは、なんとも複雑な気分から始まった。
 夢の内容はあまり覚えてないけど、血の臭いや焦げたような臭いなんかが、まだ鼻に残っている気がする。
 今日は、おばあちゃんのお墓参りの日。まだ病み上がりだからとおじいちゃんに言われたけど、命日くらいには参りたいからとお願いすれば、無理をしないことを条件に出かける許可をもらっていた。

 「――美咲~。そろそろ大丈夫かぁ?」

 下から、おじいちゃんが呼ぶ声がする。
 時計を見れば、もう出かける時間になっていた。

 「も、もうちょっと!」

 急いで着替え準備をしていると、ゆっくりでいいんじゃよと、おじいちゃんは言ってくれたものの、そういうわけにはいかない。手早く準備を済ませると、まずはバス停へ向かう。そこから十分ほどバスに揺られ、更に十分ほど歩けば、お墓のあるお寺に到着する。



「――さすがに疲れたのう」



 着くなり、おじいちゃんはちょっと休憩してから行くと言い、境内にある椅子に腰かけた。先に行っててくれと言われ、私はバケツに水をくむと、お墓のある場所へ向かった。

「静か、だよねぇ――」

 今日が休みというのもあるけど、お寺の人通りはかなり少なく、境内に入ってからまだ誰とも会っていない。別に怖いってわけじゃないけど、最近自分に起きていることを考えると、つい、嫌なことを考えてしまう。
 しばらく歩くと――うちのお墓の近くに立つ、緑の和服姿の人が見えた。近付いていくにつれ、それが女性だというのがわかる。そして更に近付くと、女性が立っているのは、うちのお墓の前だった。