高校を卒業してから二年。再び体調が悪くなった私は、おじいちゃんの親戚の家で療養していた。近くの町に出るのに車で一時間程かかるそこは、遠いけどその分、空気や景観はとても綺麗。家もすごく大きくて、時代劇とかに出てくる武家屋敷って感じ。
周りは竹林で覆われてるせいか、聞こえるのは、鳥や笹が揺れる音だけ。あまりに余計な音が存在しないから、ここだけ別世界な気がしてくる。



「――――夜かぁ」



 窓を見れば、ちょうど月が浮かんでいる。
 どうやら、今日もほとんど眠ってたみたい。
 体を起こすと、まずは背伸びをする。毎日きちんとやっていないと、思うように動いてくれなくなるからね。
 せっかく起きたんだし、中庭に出てみようかな。たまには部屋から出ようと、上着を羽織り、ゆっくり歩いた。まだ長く歩けないけど、前よりは滑らかに足が動いてくれる。確実に成果が現れていることに、自然と頬が緩んでいた。
 中庭に来ると、私は縁側に腰を下ろし、柱に寄りかかりながら月を眺めた。
 この家の周りには、人口の光は置いていない。だから、ここでは月が持つ本来の明るさを知れるし、こんなに綺麗なんだって改めて、感じることができる。



 〝全てが終わったら――ここに来なさい〟



 ふと、頭に浮かんだ声。その声がおばちゃんだってわかるのに、いつどこで言われたのか――…。

「花の――匂い?」

 どこからか、少し甘い香りがする。庭にある植物かと思ったけど、こんなの、今までここに来て匂ったことがないし。
 すると――ひらり、花びらが舞い降りる。手に取り匂ってみれば、それから微かに、甘い香りがした。



〝大きくなったら、必ず来なさい〟



 再び聞こえた声と同時、今度は、一面の花畑が頭を過った。知らないのに……行かなくちゃいけないと、私は強く駆りたてられていた。
 道なんてわからない。でも、足は勝手に歩き出している。



 ――こんなに長く歩いたのは、いつぶりだろう。



 疲れて歩けないって思うのに、足はまだ、勝手にどこかを目指し歩いて行く。どんどん進むにつれ、あの花の匂いが強くなると思えば――目の前に、一面の花畑が姿を現した。



「この、場所……」



 真っ白な花と青い月。なぜか懐かしい気持ちがわいて、私は〝なにか〟を探していた。

 〝ここに来たら――いいことがあるわ〟

 確か、ここでおばあちゃんはそう言った。

 〝その時の貴女にとって、とてもいいことが――ね〟

 歩きまわっても、おばちゃんが言ういいことは見つからない。でも、ここには〝なにか〟があるはずだと、核心のようなものが、私を突き動かしていた。



 強い風が吹き抜ける。花びらが舞う中、私は視線の先に、〝なにか〟を見た気がした。



 あれは――人?



 風が止むと、誰かの姿が見えた。でも、その人の姿はふわふわして、なんだか、陽炎のように定まっていない。



 ――ふと、その人と目が合った。月と同じく、綺麗な青い瞳を持ったその人に、私は目を奪われ動けなくなった。



 微笑みながら、その人は近付いてくる。
 私が探していた〝なにか〟。それはきっと――。



「――ようやく会えた」



 満開の花に囲まれ、私はまた夢を見る。
 いつも、どこかで感じていたそれ。
 その答えが、ようやく訪れた。


       ――――叶夜END.