「ど、ぅ…じて。ボ、クは……ただっ」

「多くの者を犠牲にするやり方は嫌なの」

「みん、な…ひどいご、ど。――じたっ、のに」

「……そうね。でも、私は復讐なんて望んでいない。呪いだって、時間が経てば薄れるのよ? 私を殺した者たちが許せない。殺したいっていう思いだけならよかったのに……そうしたら、ここまであなたも傷付くことはなかった」

「だっ、で……ちからが、ないっ、と」

「確かに大きな事柄を変えるには、それ相応の力がいる。でもね……あなたは目的を変えてしまった。自分の願いを叶える為に、多くを犠牲にし過ぎたの。だから――ね?」

「…………っ」

 微かに首を動かすと、人型は体を起こし私を見つめた。
 この子は純粋過ぎただけ。だから手段も、同じことをやり返してやろうって思ってしまった。



「…………ごっ、ぇ」



 涙と共にもれた声。その言葉に、私は微笑みを向けた。
 左手で髪を束ね、短く切る。風が吹くのに合わせて、髪に蓄積された魔力を放った。



「さぁ――帰りましょう」



 そして勢いよく、人型の心臓に短剣を衝き立てた。

 *****

 動きの無かった影たちが、慌ただしい様子を見せ始める。始まったと感じた雅は、長の胸に手を当て、言葉を唱え始める。すると、長の体が淡い光に包まれ始めた。そして同時に、何もしていないはずの叶夜の体にも変化が現れ――跡形も無く、その存在を消してしまった。

「雅、どういうことだ!」

「多分ですけど、もういらないって判断したんじゃ……」

「っ!? 親子揃って……自分勝手なことを」

 血が滲むほど、蓮華は強く拳を握った。
 その表情は、はたから見てもわかるほど悔しさで歪んでいた。



「――大丈夫でしょ」



 思わぬ言葉に、蓮華は雅を見つめる。

「絶対美咲ちゃんに会いたいだろうし、どんな手を使ってでも戻ってくると思うよ」

「……お前としては、そうなれば不利になるぞ?」

「こんな形でもらってもうれしくない」

 だから戻って来ないと困ると、雅も雅なりに、叶夜の安否を気にかけているようだった。

「随分、仲良くなったものだな」

「なってません。前世ではそーだったみたいだけど」

 詠唱を再開させると、長の体が、強い光に包まれていった。

 *****

 洞窟では、多くの影が入ろうと押し寄せていた。主にリヒトがそれを防ぎ、シエロは詠唱する男に触れ、力を貸していた。
 幾ら退けても、影は進行を止めない。赤の命華であるシエロが目的なのか、残っている影全てがここに向かっているのではと思えるほど、その数は多かった。



「封じるう器――彼(か)の者が、役目を担う」



 徐々に、エメを包む光が強くなる。眩しいほどの光になった途端――周りから、一切の音が消えた。
 理解出来るのは、視覚からの情報だけ。大地から芽が生えたと思えば、洞窟の壁を突き破り、急速に成長していき――あっと言う間に、巨大な大樹が目の前に現れた。三人を護るように生えたそれに、男性は呟く。



「これで――影は大丈夫」



 周りを見れば、あれだけ湧いていたはずの影は、確かにいなかった。

「影はエメが。土地の浄化は、王華の長が担いました」

「! だから……二人、だったのね」

「えぇ。長の名の意味は〝洗練された者〟。エメの名の意味は〝愛を願う者〟。だから、二人が適任だったってことです」

「でもっ、そうなったら二人の魂は……」

「すみませんが、話はあとに。まずは蓮華さんたちと合流しましょう」

 外を目指し、三人は大樹の中を進む。気を引き締めていた面々だったが、外の光景を目にすると、驚きのあまり声を失った。



 空は暗いが、黒煙はもう無く。
 月は青く輝いて、先程まで漂っていた異臭も無い。



 あまりに平和で――穏やかな世界が広がっていた。