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 蓮華と雅は、目の前の光景に唖然としていた。
 せっかく奪った短剣を美咲が凍っている根元に衝き立てたと思えば、自らの頭を壁にぶつけていた。言葉にならない声を発し、暴れる人型。だがその口元は、楽しげに緩んでいるように見えた。

「こいつ……そうか!」

 すかさず、蓮華は美咲が覆われている部分の氷を溶かす。

「叶夜が出た! ここから逃げろ!!」

「美咲ちゃんどーするの!?」

「叶夜がどうにかする! 流れは全て、こちらに傾いた」

 続けて、結界を覆う氷を溶かす。別な力で覆われていたが、気配を感じた使い魔とエフは術を解いて出てきた。

「君は叶夜くんを。ちょっと、雅くんも手伝って!」

 言われて、雅はエフに近付く。

「長もちゃんと埋葬してあげないとね」

 担いで運ぼうとすれば、エフに逃げる気配がない。

「アンタも来いって!」

「あ~私のことは気にしないで。やることが残ってるから」

「できるか! アンタだって生きてなきゃ、美咲ちゃんがっ」

「すみません……主の、言うとおりに下さい」

 使い魔が間に入る。言い争う間にも、塔は音をたて壊れていく。

「これ以上、私たちは彼等の問題に関われない」

「でも! アイツだけにやらせるなんて……」

「なんだ。心配をするなど珍しいな?」

 なかなか逃げない男性たちに、蓮華は呆れたように言う。

「むしろ、私たちがこれ以上いる方が邪魔だ」

「まだ美咲ちゃんだって出てないのに……ホントに、大丈夫なの?」

「問題無い。抑止力が働いたのだ。任せて行くぞ」

「…………わかった」

 エフを残し、他の者は塔から逃げる。だが一度だけ――雅は後ろを振り返った。



「死んでもいいぞ!」



 思わぬ発言に、エフは雅を凝視した。

「そーしたら、ライバルが減って好都合だからな!」

「あははっ。私までカウントされてたんだ?」

「ふんっ、アンタが一番長いってのは知ってるんだよ」

「そこまで思い出してたんだ。まぁ、精々期待を裏切るようにしておくよ」

 軽く、片手で手を振るエフ。雅も小さく手を振ると、一目散にその場から逃げ出した。



「ようやく――終われるんだ」



 人型は尚も暴れ回り、壁は壊れてむき出しの状態。そろそろ、今立っている床も抜けそうなほど。

「君に出会えて、本当によかった」

 両手で短剣に触れ、膝をつく。
 すると、エフの体を淡い光が包み始めた。

「もう関われないけど――せめて、護るぐらいはね」

 短剣に施された装飾が光る。それは、エフの体を包む光と同じ色を発していた。

「アインとソフの意思を――彼女に」

 その言葉を最後に、体はゆっくり、その形を消していった。

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「「?――――誰、っだ」」



 人型の視線の先には、真っ白なドレスを身にまとった女が一人。
 髪は白銀。瞳はとても深い紫。そして手には、短剣が握られている。

「「何故ダ……オマエモ、受ケ入レタハズダッ!」」

 今更出てくるのは可笑しいと、人型は興奮していた。

「新しいカタチを創りました。ここにあるのは、戦いに特化したカタチ」

 事務的な口調。
 綺麗に整った冷たい顔。
 そこに立っているのは、捕らえていたはずの美咲。せっかく育ててきたというのに、彼女の中に新しいカタチが出来たのは、人型にとって計算外だった。

「「せっ、かく……到達でキッ、タのに――?」」

 ふっ、と一瞬だけ見せた笑み。その表情に、人型は見覚えがあった。思わず身震いする体。今目の前にいるカタチはあの日の――。