「アイツ――キョーヤは、〝流れそのもの〟なんだよ。最初はカタチなんてものがなかったけど、美咲ちゃんに近付きたくて、同じカタチを手に入れた」

「カタチが? まさか……彼の原点は」

「ご想像どーり。オレは維持する方だから、アイツみたいな破壊力はないけどね。シエロさんや蓮華さん。オレにはそれぞれ、空間を担う大事なモノが刻まれてる。でも、それってある意味厄介なんだよ。特に、蓮華さんのモノは受動的だから、自分から事を起こすのは難しい。ま、今は流れがこっちに向いてるから、オレの死にも干渉できたんだろうけどね。その点オレは能動的だし、名前の意味も【願う翼】だから自由にできる。――だから、オレもあっちに行かないと」

 エメをリヒトに託す。
 ならば自分も行くべきではないかと言うシエロに、あなたはダメだと雅は止めた。

「均衡を司るあなたが行ったら、それこそここがヤバくなりますよ。もうすぐ雑華の仲間が来るんで、二人は溢れたモノをよろしく!」

 奥へ姿を消す雅。
 二人には、中で何が起きているか想像もできない。本当なら、自分たちもここを抜け助けたい……。だが、リヒトは根本的に中へ入れず、シエロにいたっては、あまり大きな力を使う余裕が無かった。

「私たちは――ここを護りましょう」

 シエロが、リヒトの腕に触れる。

「そうね。――帰って来る場所がないと、みんな困るもの」

 出来ることをしよう、とリヒトはシエロと共に、雅が言っていた雑華の気配を探した。

 *****

 氷で覆われたそこは、呼吸するだけでも凍ってしまいそうなほど。結界を張った場所は半円型の分厚い氷に覆われ、美咲の体が捕らわれているものも、大きな氷柱と化していた。

「早く出て来い」

 そこには誰もいない。だがしっかりと、蓮華はある一点を見つめて言う。

「お前が元凶なのは分かっている。姿を見せぬと言うなら――」

 短剣を美咲に向ける。そしてより一層強い口調で、

「私なら――本気で殺す」

 じり、と一歩足を進める。何も反応を示さないそれに、蓮華は告げたことを実行に移した。



「なんだ、やはり壊されては堪らぬか?」



 短剣が、見えない何かに阻まれる。



「「カンタンニ殺スナド……オマエハ悪ダ」」



 弾かれ、後退する蓮華。視線の先――そこには、先程まで何も無かったというのに、人型をした陽炎が存在していた。大きさは数メートル。色はなく、注意して見なければ周りと同化してしまいそうなそれに、蓮華はつまらなそうに言う。

「お前とて、己の行為が悪とは思っておらぬだろう? それと同じだ」

「「我ハッ……ソウゾウ。オマエトハ、違ウ!」」

 蓮華の足元が砕ける。続けて胸元に圧がかかるも、蓮華にはあまり利いていないようだ。一定の距離を保つと、蓮華はまた続ける。

「これは本当に、お前が望んだ結果か?」

「「望みだ。ようや、ク……手に入れ、タ!」」

「お前ではない。――古き者。お前の意思を聞いている」

 じわり、陽炎に色が現れ始める。

「このままでは、美咲の魂は消える。一つになることが望みなのか?」

 左腕にあたる部分を中心に、体中に広がっていく赤色。それは、美咲に向けられた短剣を防いだ時に付いた、蓮華の血だった。

「キエ、ル……?」

「状況をよく見ろ。これだけのことをして、本当に美咲を助けられるなどっ」

 塔全体が揺れる。
 空を覆っていた黒煙はその色を強くし、一気に蓮華に降り注いだ。

「「我ノダ! 渡サナイワタさない……誰にも渡さないっ!!」」

 凍っている美咲にまとわりつき、歪な声を上げる。溶かそうと熱を発するも、それが効く様子は無い。術をかけた者が死ねば、大抵は効力が切れる。それが起きないということは――。