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「――――始まったのか?」

 叶夜に術をかけ終えたエフに、蓮華は話しかける。

「そーみたいです。早く自分を理解すればいいんですけどねぇ」

「理解しても、こちらの味方になるか分からぬがな」

 エフが叶夜に施した事。それは、とても大きな賭けだった。前世を思い起こすだけでなく、それよりも前――最初のカタチを、思い起こさせるものだった。

「休んでて下さいよ。あなたには、ここぞって場面で使ってもらいますから」

「そうはいかぬ。――これも、母親としての役目だ」

 自分の子。叶夜と同じ顔の死体を、蓮華は凍らせる。万が一を考え、それらが使えないよう肉体を壊していた。それが終われば、今度は地面と、美咲が捕らわれている黒い大木の根元を凍りで覆う。

「蓄積させるな! 花が色付けば、こちらに勝機は無い!」

 美咲の髪にあたる部分。花弁と一体になった先が、微かに赤みを帯びている。これが進むとどうなるか――。力を解放した蓮華は、その先を知っていた。
 長の中にいた者が求めるモノ。それは、自分が世界そのものになることだった。だが、彼にそんな力は無い。それを可能としたのが――もう一人、彼が取り込んだ存在にあった。それがいるから、長の体を奪った彼にこれほどまでの力が備わり、この空間を物質界(アッシャー)の上にある形成界(イェツィラー)を飛び越え、創造界(ブリアー)に変化させるまでに至った。だが、いくら取り込んだとは言え、自由に力を使うにはそれが求める存在を手に入れる必要があった。その為に使ったのが、王華、雑華、命華の三つの種族。王華や雑華の祖先は、カルムと言われる、存在自体が自然に近い清らかな種族。彼等が生きる世界と彼等の存在を汚せば、世界を壊す楔が一つ。そうすることで、世界はその空間を維持しようと力を働かせる。そこで現れたのが、命華という存在。今度はそれを汚すことで、世界は更に強力な力を働かせ――美咲という古い存在に、人間だけが起こせるはずの奇跡の宝具を所有させるまでになり、二つ目の楔が完成した。
 今、長の体を奪った者と、取り込んだ存在の利害は一致している。古い力を持ったそれに、蓮華たちには太刀打ちする術(すべ)が無い。だからこそ、叶夜に最初のカタチを呼び起こしてもらおうとしているのだが、叶夜が長に喰われる可能性を危惧(きぐ)していた。現世における美咲の一番の能力――宝具を使った、より強い器を産む能力。叶夜が最初のカタチを呼び起こすことが出来れば、これほどまでに適した存在は無い。体を奪い美咲と交われば、強い存在が出来るのは必然。そうなってしまえば、この空間は最終段階に進み、世界や生き物を創れる流出界(アツィルト)に到達してしまう。

「ったく、いつまで寝てるつもりだっ!」

 文句を言いながら、使い魔は叶夜に近付く血を蒸発させる。だが、それも長くは続けられない。蒸発させると言うことは、それだけ血の臭いが漂うことになる。蓮華たちよりも臭いに敏感な使い魔にとって、やればやるだけ、体の動きを鈍くさせてしまうのだ。



「――――危ういな」



 呟くと、蓮華は結界に入り、叶夜に手渡した短剣を取る。

「悪いが、始末させてもらう」

 まだ起きることのない叶夜に断わりを入れ結界から出ると、短剣の刃を強く握った。滴り落ちるほど血を付けると、蓮華の瞳が輝く。

「待つのは止めだ。美咲を殺す!」

 途端、それまで三人に向けられていた攻撃が蓮華に集中する。

「ちょっ、何言ってっ?!」

 エフの胸倉を掴むと、勢いよく叶夜がいる結界に投げ入れる。続けて、倒れている長も結界に投げ入れるのを見た使い魔は、やられる前に自ら結界に入った。打ちどころが悪かったのか、エフは頭を押さえている。

「っ~なんで急に――!」

 エフは、自分の目を疑った。結界の周りを覆う氷。それが少しずつ、侵食を始めていた。

「加減は出来ぬ。なんとか防いでくれ」

 告げると、強い冷気が漂う。侵食の速度があがるのを見て、少年と使い魔は、結界を維持することに全力を注いだ。

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「少しは未来――変わりました?」



 その声に、シエロとリヒトは振り向く。そこにいたのは、エメを抱えた雅。姿を目にした途端、シエロは膝を崩し体を震わせ始めた。

「ミヤビ……アナタ、力を継いだのですか?」

「えぇ。ホントはイヤだったけど、エメが消えるのはもっとイヤだから、もらっちゃいました」

「そうですか。――それで、未来が変わったというのは?」

「知っての通り、シエロさんの未来予知は確実。予知だと、オレたちはどちらも死んでた。でもそこに、ホントはその時間オレたちに関わらないはずの蓮華さんが干渉したせいで、その予知に狂いが出たんです」

「いくら狂ったとは言え、流れはそう簡単に変わらないはずでは……」

 そう。特に【死】と言うモノは、それぞれ決められた期限がある。誰もが簡単に操作出来てしまえば、その世界に循環する力に狂いが生まれ、世界そのモノが危うくなってしまう。たとえ回避したように見えても、代わりに誰かがそれを受けることがある。

「エメはダメだったけど……オレの方は、ちょっと可能性があったみたい」

「そうだとしても、完全に【死】という流れから抜けたという保証はありません」

「時間がズレただけでも大きいんですよ。――多分、アイツが自覚したからだろうけど」

 その言葉に、シエロとリヒトは疑問の声をもらす。