「全員がそういう考えじゃない。現に、貴女に味方する者は少なくなっている。ここにいるよりも、安全な世界へ行く方がいいと思うが……」

 だが、それが敵を作る要因にもなった。全てに愛され、信仰される存在などいないとわかっている……だが美咲の場合、あまりにもその仕打ちは酷過ぎた。
 元々住んでいた場所を奪われ、辺境の地に追いやられても、美咲は恨むことなく静かに暮らしていた。なのに都合のいい時だけ力を借り、終われば追い払うということを何度されたことか……。

「それをするということは、誰かが私の代わりになるということです」

「? 代わりになるとは」

「あなたも知ってのとおり、私は人間とは存在が違う。力だけでなく、魂の質というものがまず違いますから。そんな大きい存在が世界から消えるということは、その世界のバランスを崩すことになります。
 全ての存在。それは時間も空間も等しく。ありとあらゆるモノには、〝生きたい〟、〝死にたくない〟という存在意思がある。だからそんな行動をとる存在には、抑止力という、世界そのものの力が止めにかかるのです」

 だったら……何故、あの時は動かなかった? 長はあの空間を、世界を変化させたはず。動く要素は充分あるだろうに……何か仕掛けでもしてあるのか?

「仮に世界を変えたいと思うなら、成し遂げるには複数で力を使うことでできるかもしれません。しかしその力の中には、力を使った人数分の意識が入る。人数が増えれば雑念が入るのは必然なので、抑止力が動かずとも、そういった行為をする存在では完全に世界を変えるのは難しくなるでしょうね。――もし、それができるのであれば、余程の神か、それに近い存在でないと。そうなれば抑止力も働くでしょうが、それが働かないこともあるでしょうね。なんせ、抑止力というのは気紛れですから。故意に欺けるとしたら、同じような存在であれば気付かれないかもしれません」

 神に近い――だから、美咲だったのか。
 長の中には、別の者がいる。美咲を欲しがる存在と、肉体の持ち主の意思。だが時がくれば、肉体の意思は別な者に奪われてしまう。――もしだ。もし、肉体の持ち主の意識が消えるのでなく、別な者に喰らわれるとしたら? 他人の力だったとしても、それを何代にも渡り続ければ自分の力は増すはず。そして美咲の魂は古い存在――最初の存在に戻されていた。おまけに、今の時代の体は人間にしか成しえない奇跡の宝具を持っている。それを、本来の〝子どもを産む為に使う〟のではなく、〝世界〟もしくは〝世界に至る道を生み出す〟為に使ったとしたら。抑止力が働かないだけじゃない。世界を変えるということも、これなら同時にやってのける。

「とりあえず、世界を変えるのが大変だと言うのは分かりました」

「私も聞いただけなので、うまく伝わっていれば嬉しいです」

「でも、分らない部分がまだあります。抑止力は気紛れと言いましたが、それは、生き物と捉えるべきですか?」

「そうですねぇ……間違い、ではないと思います。私はそれがカタチとなった存在を見たことがないのでなんとも言えませんが、意識の集合体であるからには、何かしらの力で世界に存在している可能性はあると思います。もしかしたら、人間のようなカタチで存在しているかもしれませんね」

 ドクッ、ドクッ――…。

「人間の――形?」

 ドクッ、ドクッ――…。

「あくまでも可能性です。自分と違う存在があるなら、それを知りたいと思いませんか? 知る為には、それと同じ存在になってみるのが一番でしょうし、抑止力や、そういった意識の集合体は元々カタチがありませんから、成ってみるのは難しくないかもしれません」

 鼓動がおかしい。この体は過去のものだろうに……。傷を受けたわけでもないのに、こんな感覚になるなんて。

「…………」

「やはり、気分が優れないのでは?」

「っ……そうかも、しれません」

「でしたら、ここで休んで下さい」

 近くにあるソファーに横たわると、美咲は俺の額に手を添える。

「気休めでしょうが、少しはよくなるかと」

 じんわりと、体に浸透する温もり。もうそれほど力は無いだろうに、本当、どこまでも優しすぎる。

「ゆっくり休んで下さい――ヴァン」

 途端、頭に衝撃が走る。
 目まぐるしく展開する膨大な映像。現在から過去。今の俺には覚えの無いものまで、様々な光景が溢れている。



〝あなたは――風〟



 誰かが、そんなことを言う。



〝何処にでも行けるし、流れも変えられる〟



 女性のような気もするし、男性のような気もする声。音として聞こえるそれには、記憶としての景色は一切無い。



〝あなたは――風〟



 また同じ言葉。意味がわからず、俺は思考するのを止めた。