「ほら、ちゃちゃっと済ませなって」

「っ――誰が好き好んで男なんか」

 どうやら、同性の血を吸うことに抵抗があるらしい。まぁ、なんとなく気持ちがわからないでもないが。



「――早くして下さい」



 真剣な口調で、それまで黙っていたリヒトさんが言う。

「影以外の気配を感じます。――ここは任せて、早く行って下さい」

 懐に手を入れると、前方に向かって何かを投げた。石のように見えるそれは、どうやら簡易的な結界らしい。

「一人で迎え撃つんですか!?」

「残るのは少ないほうがいいでしょう」

「けれど……戦力で言えばリヒトさんの方が」

「私はこれ以上行けません。これより先、始祖である私には少々辛い場所でして」

 始祖が辛いなら、劣化(呪い)が進んでいるオレは……。

「だったら俺もこの先は」

「いえ、キョーヤなら問題は無いでしょう。これは、始祖の血が強ければ強いほど現れるものでして――これ以上足が進もうとしないのですよ」

「――――おい」

 振り向けば、つまらなそうな表情で使い魔がオレを見る。

「腕を出せ。噛み付く」

「……どちらでもいいのか?」

 頷いたのを見て、利き腕とは逆の左腕を差し出した。数回息を整えると、使い魔はゆっくり、腕に噛み付いた。
 あっさりと済んだ契約。本当にこれでいいのかと思っていれば、エフがオレたちの肩を掴んできた。

「ほら、早く迎えに行かなきゃ」

「あ、あぁ……。リヒトさん、本当に残るんですか?」

「えぇ、残念ですがね。――キョーヤ」

 手招きをされそばに寄れば、小声でリヒトさんは話し出した。

「おそらく、私はこれ以上アナタたちを手伝えない」

 まるで、最後のような言葉。にこやかな笑顔で話すその様が、余計そういうイメージを連想させる。

「蓮華さんには言ってありますが――アナタにも一つ、お願いが」

 自分の懐から何かを取り出すと、それをオレに握らせ、



「娘を――よろしく」



 満面な笑みと共に、そんな言葉をかけられた。

「それから、アナタは護りが弱い。これは結界です。数分ぐらいは保てるでしょう」

 いや、それよりも【娘】の話!
 渡された物の説明より、俺はそっちが気になってしょうがなかった。

「……娘、って」

「もちろん、日向さんです。ほら、早く行って下さい」

「叶夜くん、行くよ」

「ちょっ。リヒトさんっ」

 振り向けば、リヒトさんは背を向けていた。漂う雰囲気に、それ以上話しかけることが出来ない……。まるで、瞳の力を使われたような感覚。言葉をかけられない代わりに、一度頭を下げてから、森の奥へと進んで行った。

 *****



「――――あった!」



 埋もれた本の中で、シエロは喜びの声を上げた。探していたのは預言書。内容は幼い頃から伝え聞いているが、その話の元――原本は、今まで見たことが無かった。
 シエロには、どうしても確かめたいことがあった。それは――彼の矛盾する目的。
 以前は、最初の命華を再現させる為。でも今回は、宝具である子宮から強い子どもを作ろうとしている。似ているが、根本的に求めている部分が違うことに、シエロは納得していなかった。

「新しい器にする為、とか……でも、それなら私の時にも」

 シエロに特別な子宮は無い。しかし、より純粋で、力の強い者が生まれる確率は持っていた。子どもを作ることが目的なら、最初からしていたはず。なのに何故美咲の時だけそれを行うのかと、疑問でならない。



「?―――これ、って」



 ふと手にした本。見れば、そこには歴代の王華長に関することが記されていた。
【我らは契約をした。穢れのない体を得、子孫を残す為に】
 古い物を探していくと、具体的な内容を記した物が出始めた。