「こっからは、遠慮せずやっちゃって」

「……それは、殺せという意味か?」

「そーいうこと。――ずっと実験台なんて拷問でしょうし」

 この先にいる者は、自ら生死を選ぶ権利を持たない者たち。彼等が選ぶことが出来るのが、唯一、闘って死ぬこと。命を握られているから自殺も出来ない。だからせめて――思いきり戦って、生きた実感を与えてほしいと倉本さんは言った。
 以前は、殺すことに疑問なんて抱かなかった。だからそんなことを頼まれても躊躇などしなかった。それなのに……。

「…………」

「そーんなしんきくさい顔しないの。ほら、面倒なのが来る前に突っ切る!」

「……よく明るく出来るな」

「だって私のとりえだも~ん」

 はははっ、と笑う倉本さん。
 こっちはそんな気分になれないが……まぁ、見ていて悪い気はしない。



 もしも……殺すという行為で救えるなら。



 少しは、俺も存在意義を感じられる。

「加減は出来ない。当たらないよう避けてくれ」

「そうそう。その調子で!」

 倉本さんの戦いをよく見れば、心臓を一突きにしたり、首を切り離したり。苦痛を感じる間も与えぬ素早さで倒している。
 だが、やはり殺すことには慣れていないのか。襲いかかってくる者の中に子供がいると、剣を振るう手が微かに震えている。化け物の姿に変わろうと、元の姿を見てしまっていては、さすがに躊躇するのだろう。
 ――次第に、進むにつれ襲ってくる数が減っていく。

「これ以上の妨害は無さそうだな」

「でも、ここからが本番よ」

「厄介なのがいるのか?」

「ん~一番厄介なのはあの子。使い魔ね。契約した時も実験の最中だったんだけど、これがまたやっ」



 バ―――ン!!



 幾つ目かの扉を抜けたところで、大きな音がした。続けて数回の爆音が響き、至るところから悲鳴が聞こえ始めた。

「あっちゃ~……相当機嫌悪いわね」

「それで済むか! こんなの、暴走もいいとこだ」

「いやいや。もしそーなってるなら、こんな施設一発で灰よ? あれだけ忠告したのに……一体何しでかしたんだか」

 苦笑いする倉本さん。しばらく思案すると、大きなため息をついてから話し始めた。

「こっからは別行動で。貴方は、真上に向かって穴を開けて。私はあの子を誘き寄せるから」

「構わないが……ここから出した後はどうするつもりだ?」

 未だに聞こえる破壊音。取り押さえる確実な方法が無ければ、外に出しても被害を広げるだけだ。

「関係の無い者まで死ぬぞ」

「大丈夫。ここに来る前に使いを飛ばしておいから――そろそろ来てるはずよ」

 上を指し、口元を緩ませる。
 急な襲撃なのに、用意周到な性格だ。

「はい、話はおしまい! さっさと行くわよぉ~」

 背延びをしながら、倉本さんは音の中心へ姿を消した。
 俺もすぐさま、力を込める体勢に入った。全神経を、手だけに集中させる。ここから上まで、約三階分の距離。そこにいるのは、【ひの】と呼ばれる翡翠色の長い髪の女性。その者が、使い魔を捕らえる道具を持って来ているらしい。
 天井の一点を見つめる。何度目かの爆発音に合わせ――思いきり、力を放った。



「――――上がって来い!」



 声が聞こえた。見上げれば、誰かが俺に向かって叫んでいた。急いで上がれば、そこには紺色のコートに、黒のジーンズ姿の女性がいた。何処にも捕獲するような道具が見られず、この女が倉本さんの言う者かと疑問に思ってしまう。