「蓮華さんから、伝言を預かってまいりました」

 告げれば、男性は笑顔で俺を招き入れた。通された場所は和室。そこには仏壇があり、咲さんと思われる写真が飾られていた。男性は腰を下ろすと、俺にも座るようにと促された。

「木葉さん以外で、蓮華さんからの用事を伝えに来る方は初めてですなぁ」

「すみません、今は急いでいまして……」

「そうでしたな。あの子の為に動いておるというのに……余計なことをさせてすまんのう」

 ふと、男性の表情に影が落ちる。
 途端、自分が情けなくなった。
 一人で焦って……。
 周りだって、思っていることは同じなはず。それがずっと暮らしてきた者なら尚更。自分だけが悲しいわけじゃないんだと、深呼吸をし、気持ちを静めていった。

「――〝咲が、最後の挨拶に来た〟と。そう伝えるよう言われました」

「そうですか。――本当に、逝ってしまったんじゃなぁ」

 仏壇に近付くと、男性は手を合わせる。しばらく拝んでいたかと思うと、徐に、下の方から何かを取り出した。

「聞いているかもしれんが、咲には少し、不思議な力がありましてね」

 目の前に置かれたのは、両手で包めるほどの小さな風呂敷き。解かれると、中には小さな飴が入った瓶が収められていた。

「蓮華さんと同じく花を作れたことも珍しいようじゃが――少し、先を見通す力があったんですよ。もしかしたら、先祖返りかもしませんが」

「もしかして……華鬼というのは」

「御察しの通り。華鬼と呼ばれる者たちは、命華を祖先に持つようです。とは言っても、随分昔に人の世に来て生活をしているので、本来持っていた力は無いと聞いてますがね。代々、長となるのは花を作れる者。咲もその資格を持っておりましたが……まぁ色々あり、失ってしまいましてね。咲は、蓮華さんが受けた呪いの一部と、美咲を育てる罰を受けました」

「何故、育てることが罰に?」

「おそらく、蓮華さんなりの配慮ではないかと。呪いを受けた咲は、子を成すことができなくなりましたから。せめて、親となり育てる喜びを、とでも思ったのでしょう。あとは、人間の私と同じように体が衰えていきましたね。おかげで、私たちは同じ時を生きることができた。本当なら、自分の方が先に死んでいるはずだったというのに――おっと、これは余計な話じゃったか。
 亡くなる前、咲が言っておりましてね。あの子には大きな災難が降りかかる。でもその時、自分たちには何もできない、とね」

「っ、……何も、出来ない」

 彼女の為に、何か一つでも出来たことがあるだろうか?
 今だけじゃない。過去だって……俺はずっと、間違ってばかりだ。

「そう落ち込みなさんな。ワシらには何もできないが――お前さんになら、できるそうじゃよ」

 思わず、間の抜けた声が漏れた。
 訳が分からない俺に、男性は瓶を差し出しながら言う。

「お前さんは、前世のあの子と繋がりがあるんじゃろう? その為には、まず今ある傷を癒し、過去の過ちを繰り返さぬようにせんとな」

 聞けば、この飴はオレの為に作られたものらしい。これを食べれば、命の期限を気にしなくていいだけでなく、前世の記憶をしっかり思い出せると。

「辛くなったら食べなさい。最低でも、傷だけは完治すると折り紙付きじゃ」

 受け取り礼を言えば、それから――と続きを付け足す。

「名前はわからんが……あの子の使い魔がおるんじゃろう? その子が道案内をしてくれるとも言っておった」

「わりました。――必ず、連れて帰ります」

 静かに頷く男性。
 それに俺も静かに頭を下げ、急ぎ、倉本さんがいる元へと向かった。

*****

 蓮華が来ているのは、咲が統治していた場所。そこは、今ではあまり人が行き来しない山奥にあった。そこにある村の中でも大きな屋敷で、蓮華は寝かされていた。

「全く……ここまでせぬともよいというのに」

「なりません」

 面倒臭そうに言う蓮華に、木葉は厳しい口調で続ける。

「だいたい、あのような時に自分を呼ばないとは何事ですか! 傷の治りが遅いなど、時期が迫っている証拠です」

「そこまで心配する必要はない。もう傷は塞がっておる」

「何を言いますか! 普段であればそうでしょうが、その胸に受けた傷が問題なのです。これは確実に、内部から侵食していきます。全く、少しは無茶を止めていただきたいものです」

「……お前は姑か。くどくどしつこいぞ」

「しつこかろうが言わせていただきます。美咲様を助ける為に力を使うのであれば、今は休むべきです。ここには、咲さんが作った花が今も在ります。少しでも、こちらで静養していただきますから」

「分かったから、他の者たちも診てこい。私は済んだのであろう?」

「任せてありますのでご心配無く。抜け出さぬよう、見張らせていだだきます」

 笑顔で言ってのける木葉に、さすがの蓮華も、不満そうな表情を露にした。

「こうまでして言うことを聞かぬなど、本当に仕える者なのか疑問だな」

「仕えておりますよ? 蓮華様の為になると思えば、いくら反対されようと関係ありません。長が元気でいること――これは、皆の願いですから」

「――――お前の願いでもあるのか?」

 ぽつり、小さく漏らした言葉。
 聞こえなかったのか、答えない木葉に、蓮華はもう一度、同じことを問う。