少女が倉本杏奈だと知り驚く二人に、久しぶりだね、と言ってから、倉本は言葉を続ける。

「早く退避した方がいいですね。そろそろ、空間が保てなくなります」

「お前……何故それ程までに詳しい」

「私、様々な空間の境目を監視するのが役目なもので。一応、一級ライセンスも有りますよ?」

 懐から銀色の鍵を取り出し、倉本は口元を緩めた。

「なので、すぐにでも人の世に繋げます。本当に急がないと、ここも危ないですよ?」

「――蓮華様!」

 何処からともなく、木葉が叶夜たちの前に現れた。蓮華のそばに寄ると、持って来た薬を飲ませ始める。そして蓮華を抱えると、少女に人の世に繋げることを頼んだ。

「蓮華様には、傷の修復に力を使っていただきますので」

「了解です」

 今度は、懐から小瓶を取り出す倉本。蓋を開ければ、中から淡い色をした蝶が舞い出てきた。次第にそれは数を成し、一つの塊になっていく。

「とりあえず、人目につかない場所に出ますね」

 中心に鍵をさせば、蝶と同じ淡い光が、叶夜たちを包んでいった。

 ◇◆◇◆◇



 ――――歩いて、る?



 自分が体を動かしていることが不思議で、思わず、そんな考えが過ってしまった。
 私の手を引くのは、見知らぬ中年男性。でも本質は、私の知る人物。……いえ。だった、と言う方が正しいわ。
 もう、彼の中に彼はいない。在るのは、己のことしか考えない、破壊衝動を備えた部分なんだから。



「さぁ――玉座へ」



 満点の星空が輝く最上階。その中心に置かれた椅子には豪華な装飾が施され、まさに、玉座と呼ぶに相応しい。



「あとは――月が満ちるのを待つのみ」



 私を座らせると、彼は跪き、左手に口付をした。



「記しは全て消す。だが――ここは、後の方が面白いだろうな」



 私の唇に触れ、彼は怪しい笑みを浮かべる。
 きっと……彼は、もっとも苦しい手段を取るんだ。
 いずれ、ここに皆が来る。あの子と私の絆は強いから、あの子が皆のそばにいるなら、ここに導いてくれるだろう。
 この姿であの子に会ったら……その時が、本当に終わる時だ。

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 人の世に戻った俺たちは、それぞれ別の場所にいた。
 ミヤビとエメさんとシエロさんは、リヒトさんの家で治療を。蓮華さんと木葉さんは、華鬼が避難している場所に。そして俺は――美咲の家に来ていた。

『叶夜……すまぬが、美咲の家に行き、葵に会ってきてほしい』

 こんな時に何故かと聞けば、大事なことだからと強く言われた。

『素直に行った方がいいんじゃない? 救った後に、おじいさんなんに何かありました、じゃ困るでしょ』

『叶夜さん、私からもお願いいたします』

 木葉さんや倉本さんにも言われ、渋々ながらも行くことを承諾した。
 呼び鈴を鳴らせば、男性はすぐにドアを開けた。