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 そこは――とても懐かしい場所。
 無理もない。ここには、〝私〟という存在が残留している。
 それが在るから、彼は〝私〟を求め続けた。ここに残る〝私〟を集め、再び、〝私〟という存在を再現する為。



 ――でも、それは叶わない。



 ここに残留しているのは思考のみ。
 魂は離れ、別の【私】となり生きている。



 ――でも、交わらなければ。



 残留する部分を集め、一つになる必要がある。
 これは……あの時やらなかった代償。もっと早くに手を打っていれば、ここまで事が大きくなることはなかった。



 ――でも、それももうすぐ。



 終わる時がくる。
 今度こそ残留させることなく――痕跡全てを、消し去って逝こう。

 *****

 箱の中で見たことを、叶夜は皆に説明していた。
 本来、箱に入ってしまえば、赤の命華を再現させる為に記憶が消され、自分のものでない原点を植えつけられる。体験した蓮華が以前話していたが、叶夜は全く違う体験をしていた。

「前はあやふやでしたが……俺、最初の赤の命華と関係があります。そもそも、彼女はただの人間だったんです」

「人間って……でも、私や美咲には力が」

「周りはそうだったみたいですが、彼女は力の無い人間でした。――とは言っても、彼女には周りに無い特化した力がありました」

「【親殺し】だなんて、大した力よねぇ~」

 一斉に声の方向を見る。殺気立つ面々に、声の主は明るく話しかけ姿を見せた。

「怪しい者じゃありませんって。私は、貴方たちと会った使い魔。黒髪ロングの青年の、現主です。あの子が今来れないんで、代りに来ちゃいました」

 大きめのフードで顔を隠したその者は、声から察するに少女のようだ。

「どうして……【親殺し】の名を知ってる?」

 問いかける蓮華に、少女は明るい声で答える。

「宝具関係には詳しいのよ。それに、これは人間にしか在りえない事柄だから、興味があってね」

 それから少女は、叶夜の代わりに話し始めた。

「世の中には、英雄や神。魔の者が使った物を宝具と呼んでいます。中でも、彼女が持ってる宝具はレア中のレア。なんせ、彼女の存在自体が宝具ですからねぇ~」

「だが、それは人間にしかないのであろう? 美咲は命華だ。それに、あまりに大きな力は、存在自体が危うくなると思うのだが……」

 疑問を口にする蓮華に、少女は問題ないと言い切る。

「正確には、彼女の子宮が宝具なんです。生まれ持った体の一部だから、宝具を持った者に負担は無い。【親殺し】の異名は、その子宮から生まれた子供は確実に、親以上の能力を有するからなんです。ちなみに、【父殺し】なんて異名もあるんですが、昔、実際にそーいった事が起きたんですよねぇ~。
 さっきも言ったように、これは本来、人間にしか起きえない奇跡です。でも、彼女の原点に気付いた者がいた。それを復元すれば、更に強い者が生まれると考えたみたいで、そいつが今のような事態を引き起こしたらしいですね」

「……本当に、よく知っているんだな」

「私がって言うより、使い魔がね。ちなみに、そいつが代々、王華の長の体を奪い生き続けてるってことも聞いたわ。ま、要は彼女には二重の呪いがあるってことみたいです」

 その言葉に、少女以外の面々は息をのんだ。

「二重って……そんなこと、聞いたことないぞ」

「だって、これは当時の彼女も知らないはずよ。生まれ変わる時に、前世の記憶なんて普通は持たないもの。うちの子が知ってるのは、彼女が呪いを受けた時代に使い魔になったからみたい。あ、話がそれちゃったわね。最初の呪いはわかりませんが、命華と言われる存在の前、彼女は既に傷を負っていた。だから力の無い人間として生き修復を待っていたのに、そいつが余計なことをしたもんだから、力が上手く制御できず、彼女の体は蝕まれていった。これにはそいつも予想外だったみたいですね。でも、その時にカルムが――えっと、貴方たちの先祖よね? 伝承にあるような異変に見舞われたわけだけど、運がいいことに、彼女の力がこれに上手く作用して、彼女自身も、力を発散させることで体の異変は穏やかになったみたいです。
 でも、彼女の異変が治まったのはいいけど、これじゃあ自分の求める存在には到底ならない。だから――更なる強行に出たんです」

 合ってるわよね? と、叶夜に同意を求める少女。頷くと、叶夜は深いため息をついた。

「具体的な行動は知らないが、そいつが〝何か〟をしたことは間違いない。おかげで、彼女に対する扱いも、周りの状況も随分変わった」

「とにかく、今の状況はかなりヤバいようですよ。なんせ、彼女はその命華の代わりでなく、れっきとした生まれ変わり。体も人間みたく柔じゃないから、原点も容易に受け入れてしまう。ここに彼女がいないってことは――もう、原点を受け入れたと思っていいでしょう。おそらく、ホントの意味で全てを終わらせる気ですよ、どちらもね」

 そう言ってフードを取る少女。そこには叶夜と雅が知る人物――倉本杏奈の姿があった。