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 部屋から出ると、私は蓮華さんにバレないよう、木葉さんを探していた。
 縁側に出た所で、ようやく、目的の人物に出会えた。

「おや、どうされました?」

「すみません。今、お話をすることはできますか?」

「蓮華様は、今しがた出掛けられまして」

「いえ。話したいのは――木葉さんとです」

「私、ですか? 構いませんが、どんな御用事でしょう」

「私を――あちらの世界に導いて下さい」

 言われることを予想していたのか、ため息をつく木葉。親子は似ますね、と呟いてから、言葉を続けた。

「……シエロ様同様、貴方もその身を粉にするのですね」

「今回は、シエロさんでは止められない。自分でなければ……ダメなんです」

「根拠がおありなのですね。話しによっては、協力いたします」

「根拠、といいますか。声がするんです。自分を呼ぶ声が。――おそらく、それは自分です。この体をこの世に繋ぐにも時間がない。だから、その声に応えるしかないんです」

「――まるで、死に場所を探しているようですね」

「死に場所――そうかもしれません。自分は元々、『 』に在った。この世界に存在するのは、死に向かい、そこへ返る為と言ってもいいでしょうから」

「そのようなことになったら、多くの者が悲しみますよ?――特に、叶夜さんあたりが」

「叶夜が、自分にどんな感情を抱いているかは知っています。けど、それはどうしても理解できない。知ろうとすれば、霧がかかったようにわからなくなってしまう……でも」

「今は、少しそれがわかるのですね?」

「どうしてそれを――」

「美咲様から、力の変化を感じます。そうですね――例えるなら、今まで涼しげだった雰囲気が、春の陽気のような、そんなふうに感じます」

「変化しているならよかった。自分は――今よりもっと、変わらなければなりませんから」

 だからお願いだと、向こうの世界へ行く方法を訊ねた。

 *****

 影がこちらの世界に来ていると聞いた蓮華は、同族たちを非難させていた。本来、向こうからこちらに来るには一定の力がいる。だから来られるのはそれなりの力の持ち主だけだったというのに。影が侵入をしたということは、この世界の結界が弱まったことを表していた。
 他に陣地に残った者はいないかと、蓮華は見回りをしていた。途中、どうしても残ると言う者たちもいたが、強制的に別の地へと移した。
 だから今ここに居るのは、美咲のそばに居る木葉だけとなっている。



「――――亀裂か」



 屋敷へと向かう道のりで、微かな綻びを感じた。すぐさま指に血を滲ませ、空に何かを書く。結界の弱い場所が光り、蓮華はそこに力を注ぐ。――だが。



 ――――バリンッ!!



 力を注いだ部分が、大きく割れた。
 咄嗟に後退すれば、そこからどろどろとした黒い液体が流れてくる。地面に触れた途端、草が枯れた。その光景に、蓮華は箱を封じた時のことを思い返していた。
 触れれば……さすがに危ういか。
 いくら不死の体とはいえ、例外は存在する。再生が追い付く前に、その身を消すこと。その可能性が、この液体にはあった。
 ぴくり、液体の浸食が止まる。注意して見ていれば、まるでこちらの出方を窺っているような――まるで、生き物のようだ、と過った途端、



 ギぃヤぁぁーーーア!



 劈(つんざ)くような悲鳴と共に、液体が目の前に迫っていた。



 死んでしまう――…



 そう悟ってしまうほど、逃げることができない距離。



「――――蓮華ぁー!」



 何処からか、自分を呼ぶ声がする。自然と、体が声の方を向く。見えたのは、黒い外套。どんっ! と、勢いよくぶつかったと思えば、先程まで目の前に迫っていた液体から難を逃れていた。
 逃げているのは自分ではない。
 蓮華は、自分を抱え逃げる者の顔を見た。それは、本来ならありえない光景で。王華の長が――蓮華を護ったのだ。
 距離を稼ぐと、ようやく蓮華は地面に下ろされた。
 素早く距離を保ち構えれば、ディオスから思わぬ言葉が飛び出した。