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 先頭を走り続けるエメ。彼女が向かっている方角は、目的の場所ではない。近くに敵の気配でもあるからかと気に留めなかった上条だが、

「――エメさん。これ以上は近過ぎます!」

 呼びかけても反応が無い。もしや……と最悪の事態になる前に、上条はエメを取り押さえた。

「アナタは今、アナタの意思で動いていない」

「ちょっと、早く向かわないといけないんじゃ――?」

「ミヤビ――アナタなら、分かりますね」

 眉をひそめエメを見る雅。しばらく黙っていたが、



「…………エメじゃ、ない」



 口にした途端、エメは上条から逃げ出した。
 いくら全力で押さえていなかったからといって、逃げられるほど弱くはない。
 反応の無い彼女。
 追い付けない早さ。
 これら二つから見て、エメは体を奪われていると上条は判断した。だとすれば、彼女が向かう場所は一つ。

「彼女を何がなんでも止めなさい!!」

 叫ぶと、上条は急いでエメを追う。それに続く二人は、今の状況が理解できてきない。

「何があったんですか?」

「一時的だと思いますが、体を奪われています」

「それって戻れるの!?」

「戻れます。――ですが、早めにエメさんを止めなければ、危険な状態になります」
 力強く大地を蹴り、エメの前に出る。一瞬速度が遅くなったところを、叶夜と雅が抑えにかかる。そこへ今度は、上条がエメの手首を握り、手から箱を離させた。

「箱を離しなさい!」

 すかさず、叶夜が箱に触れた。先程よりも拒絶は治まっているが、手から逃げようとする。なんとか両手で掴むと、後方へ箱を投げ捨てた。



 ――ドックン。



 両肩を揺さぶり呼びかけるも、エメは相変わらず反応を示さない。

「気をしっかり持ちなさい! アナタには、遣り遂げることがあるのでしょう!?」



 ――ドックン。



「エメ……どうしたんだよ。答えてくれよ!」

 雅もエメに呼びかける。すると、微かに反応するのを見逃さなかった上条は、雅にエメを抱えさせた。
 そして、応急処置だと、エメの口に一つの薬を含ませる。

「キョーヤ、箱は運べますか?」

「……おそらく」

 少し触れただけで、皮膚がむき出しになっている。いくら再生することができるといっても、体力の消耗が激しい。



 ――ドックン。



「――リヒトさん。さっきから聞こえるこの音、何ですか?」

「音? 私には何も聞こえませんが」



 ――――ドックン。



「やはり聞こえます。これは一体……」

 叶夜にのみ聞こえる音。
 エメといい叶夜といい、箱に触れられる二人に異変が起きているのは、あまりいい状態とはいえない。



「俺を――呼んでいる?」



 呟くと、何処からともなく、断末魔の叫びが響き渡った。