「なんで……くそっ!」

「ちょっと、確かキョーヤなら掴めるんでしょ?」

「そのはずだけど、まさかここまで拒絶が酷いなんて――そうだ。リヒトさん!」

「どうしました?」

「当時、影だけでなく、呪いもこの箱から溢れ出たんですよね?」

「えぇ、そのように記憶してますが――まさかアナタ」

 笑みを見せると、エメは左手で箱に触れようとした。
 咄嗟に止める叶夜と雅。しかしエメは、構わず箱に手を伸ばす。



「――これで、運べますね」



 苦笑いを浮かべ、箱をしっかりと握る。
 驚く二人とは対照的に、上条はエメの現状を冷静に見ていた。
 箱を手にしている左手は、以前会った時に呪いが進行していた。それが手だけでなく、腕にまで達しているなら――彼女が箱を持てることに、上条は合点がいった。

「とりあえず、このまま私が行けるとこまで行くから」

「どうして、エメさんが」

「説明なんてあとよ。ほら、行きましょう」

 何事も無かったかのように走り出すエメ。上条も続く姿を見て、二人はそれ以上の詮索をやめ、二人の後に続いた。

 *****

 向こうの世界に着くなり、シエロはレフィナドの屋敷へ急いでいた。まだ彼が彼で居てほしいと願いながら走れば、レフィナドは、思った通りの様子だった。

「よかった。まだ、貴方はレフィナドのままなのね」

「シエロッ!? どうして戻って来た」

「ちょっとした予知。箱の処理は、彼等にはできないって見えたから。彼等は、まだ来てないの?」

「来ておれば、私はここにいない。――お前、あいつらより後に出たのか?」

 頷くシエロに、レフィナドは眉をひそめる。
 身体能力では、シエロよりもリヒトたちの方が高い。なのに彼女がいるということは――。
 嫌な考え。そうあってほしくないと思うものの、シエロが先に来ていることを考えると、可能性が高くなる。

「シエロ、お前の予知ではリヒトたちはどうなる?」

「見えたのは……運んでるんだけど、戻せないって状況かしら?」

「ならば今、やつらは何らかの被害にあっているだろうな」

「ちょっと、いくらなんでも――?」

 箱を見て、シエロは違和感を覚えた。確かにそれは箱だが――何かが足りない。



「――――ねぇ、レフィナド」



 真剣みを帯びた声に、レフィナドは身を引き締める。



「もしかしたら――彼女、ここから出たかも」



 地面を蹴り、箱へ向かうシエロ。それを手にした途端――それは、跡形も無く消えてしまった。

「――――やっぱり」

「どういう、ことだ――?」

「私が出たから、抑えていたものが一気に溢れたのかもしれない……。だとしたら」

 嫌な考えが、現実になろうとしている。
 箱がここにないとなれば、行く当てはただ一つ。



「体を埋めた――命華の地」



 急ぎ、レフィナドと共に外に出るシエロ。しかし――。

「っ、……さき、にっ」

 レフィナドの息が荒くなる。その場に止まり、早く行けとシエロに叫ぶ。

「奴、がっ……」

 出てくると言い、膝をついてしまった。

「……じゃあ、ここでお別れね。気休めかもだけど」

 手の平を傷付け、レフィナドの口元にもっていく。

「ふっ……少し、は。抗える」

 滲み出た血を舐めとる。
 言葉を交わすことなく、二人は互いに、別の方向へ足を進めて行った。