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 箱がある洋館へ進む四人。次第に空気は淀み、不愉快な雰囲気が漂い始めていた。
 さすがにこれは……。
 先に異変を察したのは上条。彼は、この雰囲気に覚えがあった。

「エメさん。本当に、箱は動いていないのですか?」

「そのはずですが……どうしました?」

「少し……嫌な気配がしますので。本当に動いていないのかと心配で」

「あの場所からは動かしていません。それに、触れられるのは限られているじゃないですか」

「一つ、可能性がりますよ。――【箱自身が動く】ということが」

 言葉を聞き、視線が桐谷に集中する。
 箱自体が動くなど、エメ以外の二人は聞いたことがなかった。

「そんなっ! だって、まだ空に変化は」

「変化は僅かですが、周りに漂う空気が違います」

「あのう、箱が動くと言うのは――」

 おそるおそる聞く叶夜に、上条が答える。

「そのままの意味です。しかし、それはあの箱の形で動く、ということではありません。あれは――」

 腕を横に出し、上条は全員を止める。
 敵かと周りを警戒するも、それらしい存在は確認出来ない。

「エメさん、赤の命華の体は何処に?」

「正確な場所はさすがに。血を流した場所であれば、おそらくこの辺り――っ!?」

 エメの視線が、ある一点に集中した。
 木々の間から、人らしきものが見え隠れしている。

「まさか――動いてる?」

「そのようですね」

 二人の表情が険しくなる。
 不穏な空気は叶夜と雅も感じ、緊張した様子で森を見ていた。
 エメは、こうなった時の対処法を知らない。上条に聞けば、ひとまず様子を見ようと、上条を先頭に四人は人影に近付いて行った。



「ど、■っ――カラ、■■ッ」



 声にならない声を出し、彷徨う黒い影。
 川の上を浮遊し、時々、体の一部が水を吸い上げている。



「カラ、■ッ――うツ、ワ」



 ぴたり、影の動きが止まる。
 途端、影は物凄い速さで、エメの体を包み始めた。影を振り払うエメに、叶夜と雅が本体に襲いかかる。そして上条は、瞳を本来の色に戻し唱えた。

「――――消えろ」

 エメに触れようとした一部の影が、破裂するように消えた。
 その隙にエメは影から離れ、叶夜と雅が背にかばう。
 影から間合いを取り、集まる四人。
 先程は素早く動いたというのに、今は動きが遅い。何が違うのか……。当時を思い返す桐谷は、あることに気が付いた。

「キョーヤ、箱にはどれほどの血を?」

「確か――体から三分の一を、覚醒前の美咲さんから」

「それと、全身の血を雑華が数十、人間の血が数人分だね」

「ならば、そろそろ形状が保てなくなるはずです」

 その言葉とおり、影は声を発することも出来なくなり、その場で形状を波打たせ始めた。次第に小さくなり、箱の形に納まろうとしていた。



「運べる――かしら」



 影が箱に納まって数分――なんら動きを見せない。

「俺が、触れてみます」

 そう言い、叶夜が箱に近付く。
 ゆっくり右手を伸ばし、指先が触れた途端――電気が走ったかのように弾かれ、拒絶されてしまった。再び近付くも、以前のように箱を掴めない。