「今触れることが出来るのあれば――これも、許されるのでしょうか?」



 上条の指が、シエロの唇に触れる。
 戸惑いながらも、シエロはおそらく……と、俯いて答えた。

「顔を見せて下さい。――再びきたこの瞬間を、逃すわけないでしょう?」

 顎を持たれ、上を向かされるシエロ。その視線の先には、やわらかく、けれども妖艶な雰囲気の上条がいた。

「やっぱりその瞳は――綺麗です」

「シエロだけですよ。私を恐れず、そのような言葉をくれるのは――」

 どちらからともなく、互いに距離を縮めていく。



 そして――ゆっくり、触れるだけの口付けが落とされた。



 ほんの数秒。けれどそれは、二人にとって、今まで会うことの出来なかった時間を埋めるほどのものだった。



「では――行って来ますね」



 屋敷の入口まで行き、シエロは三人を見送った。
 三人の気配が消えると、シエロは自分の部屋に戻った。途端、崩れるようにその場に膝を付いた。両手で顔を覆い、目から溢れ出る涙を拭っていた。
 これは、体に異常が起きたわけではない。ましてや、彼等が無事に戻ってほしいという願いや不安からではない。これから自分が行うこと。上条に向けての――懺悔の涙を流していた。

 ◇◆◇◆◇

 体が、自分のモノでなくなる感覚がする……。
 フェリスに触れられた左手が、段々と、別物に感じ始めた。



『ワタシには力がある。だから、ワタシなら終わらせられる。――でも、アナタには何もない』



 ……ぞくっ。



 じわじわと、手が同化していく。左手だけでなく、腕の感覚も鈍くなる。



 確かに自分はなにもできない。
 だけど……みんなを護りたい。



 恨むことで、この状況が改善するの?



 そんなはずはない――。
 もうこれ以上、誰にも傷付いてほしくない。



 この気持ちだけは……間違ってない!



「――――まもっ、る」



 その声に、フェリスは動きを止める。様子をうかがい、フェリスはゆっくりと言葉を発する。

『何も出来ない、ましてやただの命華に、何があるの? 何も無いから、ワタシをたよっ』

「だったら要らない!」

『っ!?』

 叫んだと同時。周りに、強風が吹き荒れた。フェリスは後ろへ飛ばされ、自分から引き離された。



「護れないなら……傷付ける力なら、そんな力はいらない!」



『……そう。いらないんだ』



 風が吹きやむと、再び目の前に来たフェリス。両手でゆっくり頬に触れ、相変わらずの無表情を向ける。

『どうして……恨まないの? みんなが救われても、ワタシたちは救われない』

「どうでもいい……。自分にあるのは、みんなを護りたいという意思だ。
 確かに、あなたと自分は同じじゃない。相手を滅ぼすとか、恨むとか――あなたの方が、自分勝手だ!」

 その言葉に、フェリスは初めて表情を変える。微かに悲しそうな表情を浮かべ、自分をそっと抱きしめてきた。

『誰も好きになれないのは……嫌。そんなものは壊したい。力があるなら、自分の為に使えばいいのに』

「――――そんな感情、自分には無い。
 今必要なのはそれじゃない。日向美咲が選んだのは、そんな自分勝手に力を使うことじゃない。――それが、自分に残された意思だ」

 その言葉に、フェリスは抱きしめる腕を緩めた。そして自分の顔を見つめ、ふっと、やわらかい表情を見せた。