「だから、感情が豊かであればあるほど、悲しみは強くなるだろうな」

 昔の俺なら、そんなこと気にも留めなかった。



 だが――今は気付いてしまった。



 心が最も踊る、好きという感情。色々な感情を知ることが出来る今に、生き甲斐を感じてしまっていた。

「――――」

「安心しろ。お前に本格的な呪いは渡さぬ」

 ニヤリ、怪しい笑みで蓮華さんは言う。

「言ったであろう? この呪いは、私にのみ働いているのだと」

「そうですが……」

「これは、華鬼の長に現れる。私が何らかの原因で存在を消さない限り、他の者にこの力はいかない。仮に私が消えたからといて、お前にそれが現れるかどうかもわからぬ。だからな――お前は、共に生きることが出来るんだ」

 そっと、頭に手が置かれる。
 目を細め見つめるその表情は、とても和らいだ、女性的な顔をしていた。

「美咲と契約をしたのだから、それぐらいのことは考えているのであろう? 報われぬ可能性が高いが、せいぜい、そばで護ってやれ」

 報われないって……。
 不吉なことを言う蓮華さんに、オレはそっと手を払い除けた。

「報われないかなんて――やってみなければわらない」

「ほう、いい顔をしているな。ならば――その思いを貫け」

 立ち上がり、部蓮華さんは部屋を後にした。
 初めて母だと意識して話したが、蓮華さんは、俺を拒絶することは無かった。普通に話をしてくれたことに、胸の奥が、すっきりとしたような気持ちになっていった。

 ◇◆◇◆◇

 ――夜。
 蓮華さんの呼びかけで、シエロさんと木葉さん以外が一つの部屋に集まった。

「しばらくは、あちらが動くことはないらしい。だから、その間にこちらから動こうと思う。雅、話してくれ」

「ま、簡単に言うと、あっちにある箱を元の位置に戻したいんだよね。運ぶのはキョーヤがやって、オレとリヒトさんは援護って感じ」

「確か、処理はシエロさんがすると言ってましたけど――」

「それは最終手段、っていうか、できればとりたくないんだよね。とりあえず、まだ箱に変化がないみたいだから、これでいくつもり」

 それで済ませられるなら、それにこしたことはない。
 自分は何をすればいいのかと聞けば、美咲ちゃんは待機ねぇ~と言われてしまった。

「オレが言うのもなんだけど、オレの仲間の中には手のつけられないヤツもいてさ。おまけに、箱を移動させたせいで影が増えてる。だから、最小限の人数で行く方がいいんだ」

「――――そうですか」

 ただ、待っているだけでいいのだろうか。
 自分だけここにいるのは、日向美咲の意思に反するんじゃないか――。
 考えている間に、蓮華さんが話を進めていく。

「お前たちがあちらに行き次第、丸二日は、こちらに入れないよう封を強化する。もし、何らかの事態で早めの撤退を余儀なくするのであれば――これを使え」

 懐から小瓶を取り出すと、それを上条さんに渡した。

「私の血と、花を入れてある。それがあれば、お前ならば繋げられるはずだ」

「出来れば、使うことなく帰れるのが望ましいですけどね」

 苦笑いを浮かべる上条さんに、蓮華さんは頷いた。
 話はこれで解散となり、それぞれが部屋に戻ったところで、自分は蓮華さんの部屋を訪ねていた。相談したいことがあると言えば、夜中だというのに、部屋に招いてくれた。

「それで――何を話したいのだ?」

「率直にいいます。覚醒を――早めることはできないでしょうか?」

 やっぱり、自分だけここで待っていることはできない。何が起こるのかなんてわからないけど、争いが起こるのは確実。だから、やれることはやっておきたかった。