「謝るのは私の方よ。本当なら、あなたにこんなことさせないようにって、箱ごと封印することを選んだのに――結局、あなたを巻き込んでしまった」

 ゆっくり目を開けると、本当にごめんなさい、とシエロさんは自分の両手を握った。

「でも安心して。箱の処理は、私がまたやっておくから」

「それって――また、自分ごと封じるってことなんじゃ」

「おそらく、それしか無いと思うの。これじゃあまた、リヒトを一人にしちゃうわね。――本当、悪いと思うわ」

「自分にも――何か、できないんでしょうか?」

 体を起こし、シエロさんに問う。

「あなたが覚醒すれば、もしかしたら、私以上の力が現れるかもしれない。でも、箱はすぐに処理しなければ、また大変なことが起こるわ。残念だけど……あなたの覚醒を待ってる時間は無いの」

「どうして、箱を処理しなければならないんですか?」

「本来の場所から持ち出された箱は、収めた呪いを放出しはじめるの。箱自体が凝縮された呪いで、あれを放置していたら――彼女が、目覚めてしまう」

 言葉を詰まらせながら、シエロさんは続きを話してくれた。
 あの箱は、命華の始祖である女性そのもの。自分を生贄とし封印することで、呪いは終息を見せた――はずだった。
 だが人々は、あろうことか彼女と交わした約束を破った。命華を虐げる時代が続き、それに生き残った命華たちが、彼女の蘇生を試みた。元々死んではいなかったようで、彼女は再び、人々の前に現れた。しかし、その影響で彼女の体は、呪いにより蝕(むしば)まれていった。
 このままでは、自分が仲間を殺してしまう――。
 だから、彼女は自分を分けることにした。
 心を箱に封じ。
 血は水に流し。
 体は地に埋めた。
 そうして、彼女は己の全てを捧げた。
 心に呪いを。
 血は人々に癒しを。
 体は大地に癒しを。
 残る力は命華に与え、彼女は息を引き取った。

「私がいた時代でも、似たようなことがあったの。彼女を再現させようと箱が持ち出され、赤の命華である私の血が使われた。
 そして――彼女が現れたの。でもそれは、亡霊のような存在に近いわ。人のカタチをした影で、箱からたくさんの呪いが放出された。呪いが封じられた心だけでは不十分だったのか、それとも完全に、心が取り込まれてしまったのかはわからないけど……彼女は確実に、あの世界を壊そうとしていた。普通に考えたら、一人で何十という思念や、他の呪いを背負うなんて無理があるのよ」

「でも――その無理なことを、シエロさんもした」

「っ! それは、そうだけど」

「確かに、無理があることだと思います。でもシエロさんは、それが最善だと思ったんですよね? きっと――彼女も、そうだったと思います。自分も、それが間違ったことだとは思いません。それでみんなを救えるのなら――その手段を選ぶ」

「――そう、ね。護りたいって思ったら、やれることは全部やるだろうし。でも、だからって無茶をしたらダメよ?」

「それは、シエロさんにも言えます。あなたが日向美咲の親なら、自分はあなたも護る。だから、あなたも無茶はしないで下さい」

「あらら。まさか娘にお説教されるなんて」

 それまでの雰囲気は和らぎ、笑みを見せる。

「これは――説教になるんですか?」

「レンのに比べたら軽いわ。気を付けてね? レンってば、実は結構根に持つ」

「誰が根に持つだと?」

「ひゃっ!? レ、レン、マナー違反!」

「何がマナーだ。人の悪口を言ってたやつにそんな資格はない。ほら、部屋で休んでろ」

「わ、わかったから、抱えるのはやめて!」

「聞く耳持たん」

「レンの鬼~!」

「あぁ、私は鬼だ」

 ――まるで、嵐が去ったように。
 部屋は、一気に静けさを取り戻していた。
 とりあえず――半分覚醒したのなら、自分の血は、更に質がよくなったんじゃないだろうか?



「――――二人にあげよう」



 再び横になり、体を休めた。
 少しでも体力を回復して、二人に多くあげることのできるようにと。