『全く――無茶をするな』



 あの声が聞こえる。
 彼の声が聞こえる時は、いつもこの空間。水の中のような、ゆらゆらと浮かぶ世界にいる。
 なんのことかと思えば、声は答えてくれた。

『お前にその感情が無くとも、その身に刻まれた呪いが動くかもしれないというのを忘れるな。その行為は――神聖なる誓いだ』



 神聖な――誓い?



『それはお前にとって――命を宿しかねない』



 命を――宿す?



『ここに存在するのは、全てを消す為。これ以上日向美咲を再現するな。でなければ――』



 そう言われても――。
 これまでの存在を模倣し、終わりまで導くのが自分だというのに。



『終わるその時――周りに呪いが働く』



 ――――――――――…
 ――――――…
 ―――…

 ゆっくり目蓋を開ければ、見えたのは木目の天井。
 もうここに、彼の存在は感じない。



〝終わるその時――周りに呪いが働く〟



 彼が言っていた言葉を思い出す。
 そうなってしまえば、自分がこうしている意味が無い。でも――。



「約束は――守らないと」



 周りを巻き込まないよう心掛け、その中で約束が守れる方法を探してみよう。

「――あれ?」

 起き上がると、自分の服が和服になっていた。そばには、桔梗の花があしらわれた藍色の羽織りが置かれている。それを着ると、部屋から出て屋敷内を歩いてみた。



「――――お目覚めでしたか」



 廊下の先から、声をかける男性が見える。
 長い黒髪を低い位置で一つ結びにしたその男性は、背が低ければ、女性と見間違うほどの綺麗な顔立ちをしていた。

「お食事はどうなさいますか?」

「食事――?」

「えぇ。好き嫌いは特に御座いませんか?」

 好き嫌いというか――あまり、食事をする感覚が。

「自分は、飲み物を頂ければ大丈夫です」

「では、後からお部屋に届けましょう。――誰か、お会いになりたい方でも?」

「会いたいというか――なんとなく、部屋を出てみただけなので」

「そうでしたか。ここから先が蓮華様。その隣がシエロ様。そして、美咲様の部屋を背にして右側に上条様。その向かいが叶夜さん、雅さんとなっていますよ」

「そうなんですね。ありがとうございます」

「いえいえ。庭に出てみたければ、門を出なければ自由に歩いていただいて構いませんので」

 失礼します、と頭を下げ、男性は行ってしまった。
 庭かぁ。ちょっと、歩いてみようかな。
 廊下を歩き、出られそうな場所を探す。
 しばらく歩いていれば、水の音が聞こえだした。音の方へ行けば、そこには、小さな川が流れていた。
 確か――こういう造りを、日本庭園、と言ったような気がする。
 灯篭や小石を敷き詰め、丁寧に手入れをされた木々。その奥にある川に近付き、覗きこんで見た。

「さすがに――魚はいないか」

 敷地内に流れているが、水は外から引き込んでいるようで。この水だけは、天然のもののように見える。