「――激しくして、すまなかった」



 やったことに後悔は無いが、優しくしてやれなかったことに罪悪感があった。

「毎回……こういうの、は、疲れますけど。――最初のであれば、大丈夫です」

 つまりは、また口付をするのは構わないと――そう言っているのかと、胸が高鳴る。

「そんなこと言ったら、またするかもしれないぞ?」

「事前に言ってもらえれば、大丈夫です」

 さらっと肯定され、思わず間の抜けた声が出てしまった。

「そして最初に言ったとおり、これは叶夜にしかしません。だから、安心して下さい」

 恋愛感情なんて無い。
 ましてやオレを特別だと思ってない。
 そうだとわかっていても……今の言葉は、とても嬉しい。



「――やみましたね」



 その声に、空を見上げた。
 さっきまで降っていた雨はやみ、空には星が見えている。

「――そろそろ行くか」

 美咲を抱え、再び歩きだす。
 帰り道はわかっていたが、もう少しゆっくり、この余韻に浸っていたかった。

 *****

「さすがに――箱を持ち出すことは出来ぬか」

「当たり前です! ノヴァでも重症なのに、ましてや貴方は王華の長。それも、魂の半分は別にあるんです。これ以上の無理は、体の維持どころか魂の消滅を意味するわ!!」

「そう騒ぐな。今の私が消えようとも、片割れは生きている。私が成しえなかった望みは、それの存在がある故に成就している。例え消滅しようとも、今までのことに悔いは無い」

「……相変わらず、のろけてますね」

「お前には悪いと思っている。だが――私が心を捧げるのは、あの者と決めているからな。お前とてそうであろう? その為の契約破棄だ。しかし気を付けろ。私がこの体を奪えるのは、持って後五日。それまでに姫を覚醒させ、お前はお前で、やるべきことをしておけ」

「わかってはいますけど、後五日だなんて」

 間に合うかはギリギリだと、エメはため息をもらす。

「間に合わなければ仕方あるまい。再び箱を封じる為に、身を捧げる必要があるだけだ」

 懐から短剣を取り出すと、それをエメに手渡す。

「これを、姫に渡しておけ。――使い方は、自ずと分かる」

 そろそろ行け、とエメにここから去るように言う。だが、エメは動こうとしない。しばらくしても動かないエメに、ディオスは再び言う。

「ここにいては、お前の呪いは早まるばかりだろう? 生きる可能性を、自ら潰すのではない」

 くしゃっと、エメの頭を撫でる。
 それはエメにとって、忘れることの出来ない、とても大事な思い出だった。

「貴方にとっては、いつまでも子どもなんですね」

「実際子どもであろう? 私とは桁が違う」

 こうして話すことが出来るのもあと僅か。どちらが先に終わりが来るかはわからないが、互いにそのことは感じていた。

「いざとなれば、己の目的を優先しろ。私が支配されたからといって、戻そうなどとはするな」

「わかってますよ。彼の者、レフィナドの望みが叶えられるよう――」

 呟くと、エメはようやく、この場から立ち去った。
 一人屋敷に残ったディオスは、再び箱に視線を向ける。

「それを独占することなかれ。
 それを崇めることなかれ。
 しかし――それを殺めるは、最も罪深き行いなり」

 流暢(りゅうちょう)に語るそれは、まるで昔から聞かされていた子守唄のように。
 繰り返し歌い、ただまっすぐ、箱に視線を向けていた。