「自分を見ていると、安らぐんですか?」

「あぁ。だが、いつもってわけじゃない。安らいだり、不安になったりもする。それでも、安らぎの方が勝る」

「よくわかりませんが――自分も叶夜を見ていれば、そういう感情がわくのでしょうか?」

 じーっと、まっすぐに見つめられる。
 俺に対して何も感じていない。頭ではわかっているのに……その無垢な表情に、期待をしてしまう。

「――――叶夜?」

「っ!」

「今のは――なんですか?」

「? 何って――」

「触れた途端、今と同じような体勢で、男女の顔が近付く光景が見えました。あれが――叶夜の気持ちですか?」

「男女が顔を――っ!?」

 頭痛と共に、頭に景色が駆け巡る。
 そこで俺は、以前見た女に今と同じようなことを体験していた。
 その時もこうして雨宿りをし、俺はそいつに初めて――。

「叶夜? 叶夜?」

「――悪い、大丈夫だ」

「でも、顔を歪めていましたし」

「本当にもう大丈夫だ。ありがとう」

「それならいいですが。――今見えたのは、叶夜の記憶ですか?」

「あぁ――おそらく」

「二人とも、すごくいい笑顔をしていました。顔を近付ければ――叶夜も、笑顔になりますか?」

 記憶にあるのと同じく、美咲の片手が、オレの頬に触れる。
 表情こそ乏しいが、それは紛れもなく、あの時と同じ光景だった。

「嬉しいが、それを他のやつにやられたら嫌だな」

「他の人には、やってはいけないことなんですか?」

「悪いというか。近付くまではいいんだ。その先――顔を近付けていった先のことは、誰にでもしていいものじゃない」

「――――そうですか」

 ゆっくり、頬から手が離れていく。
 出来ることなら、この手を掴み抱きしめたい……。
 だがそれをしてしまえば、今度こそ本当に、お前を傷付けてしまう。
 気持ちを押し殺し、なんとか平静を保とうと心掛けた。余計なことは考えるな。考えてはダメだと、自身に強く言い聞かせる。



「なら――叶夜だけにします」



 その言葉が、簡単にオレの意志を揺らがせた。
 今、美咲はなんて言った?
 オレだけにする?
 そんなこと本気で――。

「自分が何を言ってるのか……わかってるのか?」

「おそらく、本当に理解をしてはいないかと」

「だったらやめておけ。もしそれをしたら、お前が後悔することになるかもしれない」

「叶夜は、後悔しないんですか?」

「…………」

「自分は――後悔はしないですよ」

 思わず、間の抜けた声を出した。それに美咲は、自分はそういう存在だからと言う。

「自分には、感情は付属されない。余計なものは削ぎ落とされ、最低限のモノしかない。その時々の状況で最善の判断をすること、それが、自分の存在と力を消すうえで優先的にあります。
 だから――この判断は、最善の方法です。後悔をすることはありません」

 再び、美咲の片手が頬に触れる。
 あれだけ固く貫こうとした心を、美咲はいとも簡単に崩してくれる。

「顔を近付けた先を――叶夜は、望みますか?」

 正直に答えろと言う自分と、言ってはダメだと言う自分。そのどちらかを決めかねていれば、美咲は更に、距離を縮めてきた。