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 夜も深まる頃。
 外は、雨が降りは出していた。



「――――珍しいな」



 この世界で雨が降ることは滅多に無い。
 そして、雨が降るということは、ここでは意味のあることだった。



「――――呼ばれたか」



 胸騒ぎを覚えた蓮華は、美咲の部屋を覗いた。しかし、そこには寝ているはずの美咲がいなかった。
 雨は、大地と空を行き来する。降り続く間、ここでは古き存在や、魔が住む場所と繋がりやすくなる。
 だが、それを体験出来るのは一握りの者。負の心を持つ者は、この雨の中にいることさえ難しい。



「――――叶夜もか」



 ぽつり、窓から空を見ながら呟く。
 しばらく部屋に留まっていれば――ふわり、花の香りが漂ってきた。

「ほう。懐かしい匂いがするものだな」

 口元を緩める蓮華。
 立ち上がると、部屋から出て木葉を呼びつけた。

「叶夜と美咲に、着替えを用意してくれ」

「はい。では、温かい物もお作りしておきましょう。――蓮華様も、いかかですか?」

「あぁ、頼む」

 木葉を待っている間に、雨がやんだ。
 再び花の香りがすると――ひらり、花びらが舞いこんできた。

「お前の花は、とても香しい。――そろそろ、本当の別れ時か」

 部屋に舞い込んだ花びらを手に取り、懐かしむ。



「安心して逝けよ――咲」



 花びらに口付けをすると、それを外へ放す。
 風に乗り空へ昇っていくさまを、蓮華はしばらく眺め続けた。

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 美咲を抱え歩いていると、急に雨に降られた。最初はこれぐらいの雨ならどうってことないと思ったが、雨は強さを増していくばかりで。辺りを見回せば、ちょうど雨をしのげそうな大木を見つけた。

「悪いな。すぐに帰れなくて」

「いいえ。謝ることないです」

 疲れているのか、美咲は目を閉じたままで会話をしていた。眠気は無いらしいが、黙ったままだと、死んでいるんじゃないかと思えるぐらい安らかな顔をしている。

「――――」

「――どうしました?」

「えっ、何が?」

「ずっと、こちらを見ているようだったので」

 ずっと見てれば、さすがに視線を感じるか。

「いや、何も無い。ただ――お前の顔を、見ていただけだ」

「そうしていると、何かあるんですか?」

「いや、何も無い。だが――オレは安らぐな」

「? 安らぐ――」

 目を開け、視線を向ける美咲。その瞳は、薄ら色付いているように見える。