「命華はね――誰か一人を好きになれないの。呪いのせいで、自分でなく周りが傷付いてしまう。特に、赤の命華の呪いは強いわ。
 私の場合、相手から告げられただけで、その相手を傷付けてしまった。反対に、私が思いを告げると、それまで相手と過ごした記憶が消えてしまうの。だから、永遠に先へは進めない。いくら愛しいと思っても、それまで過ごした時間が消えてしまえば、その思いも無かったことになるの。もう、何度繰り返したかわからないけどね」

 永遠に……進めない。
 共に過ごした時間が消えてしまうのは、一度でも辛い。なのにシエロさんは、それを何度も――。

「そして――美咲は、それが特に強いみたいなの。言葉にしなくても、思っただけで呪いが働く可能性が強いわ。そんな彼女に、思いを告げたらどうなるか――」

 予想もつかないと、ため息をつく。

「…………おれ、は」

 思いを――告げてしまった。
 余計なことをするなと言ったのは、このことだったのか?

「…………」

「――どうやら、もう告げてしまったようね。でも安心して? まだ、美咲に呪いが働いた形跡はないから」

「っ! 本当、ですか?」

「えぇ。さっき、様子を見て来たから。でも、まさかあの子の中に、別の子がいるなんて思いもよらなかったけど。もしかしたら、彼がいることによって呪いが働かないのかもしれない。でもこれは、あくまでも仮定の話。だから、本来はそういうことをしてはいけないことだって、覚えておいて」

「――――わかりました」

 ぐっと、両手に力が入る。
 今の段階で、何もできない自分が嫌になる。



「本当に、心からあの子を思うなら――」



 両手にそっと、シエロさんの手が触れる。



「強く、願い続けて。それがどんなに時を必要としても――どうか、その思いを貫いて」



 向けられた瞳は優しく。同時に、儚くも感じられた。

「……ちょっと、疲れたみたいね」

 体が重いのか、前のめりになる。
 支えると、長く話し過ぎたわね、と反省していた。

「部屋に戻るから、このまま、肩をかしてくれるかしら」

「もちろんです。――あのう」

「ん? どうかした?」

「話していただいて――ありがとうございます」

「ふふっ。どういたしまして。
 きっと――手立てはあるはずだから」

 望みを捨ててはダメよ、とシエロさんは笑顔で励ましてくれた。

 ◇◆◇◆◇

 ふと、目が覚めた。
 起き上がれば、外はまだ暗い。時間はわからないが、夜なのは間違いない。

「――――花の匂い」

 香りが、風に乗ってくる。
 窓のそばに行けば、強く、その香りを感じた。

「この匂い――知ってる」

 自然と、体が動いた。
 窓から外に出て、地面にゆっくり着地する。
 空を見れば、何処からか、花びらが舞っている。
 風の吹く方角に、足が向かう。
 道は草で覆われ、人工的な道は無い。
 しばらく歩いていれば――ぱあっと、開けた場所に来た。



「――――よく来たわね」



 やわらからに、自分を見て微笑む女性。
 手招きをするので、ゆっくり、彼女に近付いて行った。

「約束。覚えてたのね」

 とても嬉しそうに、その女性は言った。
 約束――?
 美咲は、何か彼女としていたのだろうか?