「何故そんなに――心配を?」



 自分はただの代わり。
 危険が去れば、今ある自己は存在しなくなるというのに。



「そんなこと――大事だからに、決まってる」



 強く発せられた言葉。
 射るように鋭い瞳が、自分を見据える。

「お前は、俺を俺として扱ってくれた。最初はその礼にと思ったが、今は違う。お前と過ごすことが楽しいんだ。知らない感情がわいて――ずっと、ずっとそばにいたいと思うようになった」

「だから――そんなに心配を?」

「そうだ。とても大事で、とても――」

 叶夜の両手が、そっと頬に触れる。
 言おうとした言葉を飲み込んだまま、それ以上語ろうとはしない。



 ――あの日と同じ。



 初めて叶夜と出会った夜にも、同じようなことがあった。こうして見つめ合い、ただ、時が流れていくのを感じていた。



「とても――愛しいから」



 振り絞るように、言葉が紡がれた。
 徐々に、叶夜との距離が縮まる。
 おそらく、叶夜は自分になにかするのだろう。
 だが、それは自分が受けてはいけない。資格が無いと、瞬時に理解した。



「美咲は――存在しない」



 だから、本当のことを告げなければならない。
 目の前にいるのは、もう以前の者とは違う、模倣の存在なのだと。

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 何を――言っているんだ?



 彼女は、自分が美咲ではないと言う。記憶が無いからって、目の前にいるのが美咲で無いなんてこと――。

「自分は、その時代に生きていた存在が消えると現れる、模倣の存在です。役目は、この体と残った力の残存を、確実に消し去ること」

 淡々と冷たい表情で述べる美咲に、俺は言葉を失っていた。
 模倣の存在だとか。
 消す為に存在しているとか。
 言葉の意味を理解しているのに、心では、それを否定したがっていた。

「全てが終わるまでは、日向美咲を模倣します。特別な感情を抱くことは自由ですが、自分には応えることが出来ません。あくまでも、みんなを護ること。それが自分の、存在を消す以外の役目ですから」

 機械的な言葉。それはまるで、昔の俺自身を見ているようだった。

「だから――口付けは不要です。叶夜がしたい相手は、自分ではありません。姿形は同じでも、中身は違う」

「っ――そうかも、しれないが」

「叶夜が思う者は、もういないんです」

「前に――助けられなかったわけじゃないと言ったのは、嘘だったかの?」

「いいえ、嘘ではありません。日向美咲の魂は消えましたが、自分という存在を消されずに済みました。――おかげで、この体と力を奪われることなく、消し去ることができるのですから」

 なんっ、で……。
 なんでそうやって、いつも死を選ぶ。
 どうしてお前だけが、犠牲にならなければならない!

「そうやって……いつも自分を犠牲にして満足か!? 残ったこっちの気持ち、考えたことがあるのかよ!!」

 両肩を揺さぶり、思いをぶつける。
 感情を露にするオレとは対照的に、美咲は相変わらずの表情をしていた。

「あの時もそうだ。呪いを全部取り込み、魔と謳われてもなお、何故人を助けた。あいつらは、お前を利用しただけでは飽き足らず、公開処刑までっ!」

 鮮明に浮かぶ映像。
 頭では、こんな記憶は無いとわかってる。だがこれを体感したのは、自分だという核心を持っていた。

「叶夜……何を言って」

「知らないとは言わせない。お前が本当に、自身を消し去る時に現れているなら、お前はオレを知っているはずだ。あの時の名は――フロル」

「? フロ、ル――」

 途端、美咲の表情が崩れた。
 困惑し、小さく何か言いながら頭を抱えたかと思えば、

「あぁぁぁぁーーー!」

 突然叫び声を上げる美咲。途端、俺の体は戸を破り廊下に弾き出されていた。



「全く――姫を混乱させるな」



 その言葉を発したのは美咲。
 だが、紡がれた音声は全くの別人で――男の声をしていた。