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 叶夜に連れられたのは、見知らぬ場所。
 周りは竹で囲まれていて、目の前には、とても大きな家と、それに見合った頑丈な門が構えられていた。門の両側に立つ人も、これまた頑丈そうな見た目だ。

「すみません。蓮華さんに、美咲さんを連れて来たとお伝え下さい」

 話しかければ、その人はふっと、姿を消してしまった。しばらくすると、その人が現れると同時に門が開かれた。
 叶夜に手を引かれ、中へと進んで行く。
 様相は、叶夜の家に似ている。こっちの方が、大きさはかなり大きいけど。



「――何かあったのか?」



 道の先で待っていたのは、昨夜の女性だった。

「リヒトさんは、まだいますよね? 美咲さんの体のことでお話が」

 この人が、エメさんが言っていた蓮華さんか。
 とても女性らしい。でも、何処か謎めいて――惹きつけられる雰囲気を感じる。

「連れて来るから、二人はこの部屋で待っていろ」

 案内された部屋に入ると、私たちは座りながら、リヒトさんという人を待った。



「――お久しぶりです」



 やって来た男性は、やわらかな笑みで挨拶をした。

「それで――日向さんの体に、何か変化でも?」

「見た目には無いのですが、身体能力が、以前より高くなっているんです。高い場所から平気で下りるし、一応、知らせておいた方がいいと思って」

「では診察をしますので、キョーヤは退室を」

 言われて、叶夜は部屋を出て行った。
 何をするのかと思えば、リヒトさんはまず、改めて挨拶をした。

「今のアナタにとっては、初めまして、ですよね。――私は上条理人と言います。いつも、先生と呼ばれていました」

 よろしくお願いしますねと手を差し出され、自分も手を差し出した。

「診察って、自分は何をすれば――?」

「手を握るだけで分りますので、このままで結構です。あとのことは、蓮華さんとも相談をするので、キョーヤとここで待っていて下さいね」

 程なくして、先生は手を離した。
 今のところ、異常は見当たらないらしい。

「多少の身体能力向上は、命華の力によるものでしょう」

「エメさんからも聞きましたが、今の自分には、命華としての力があるんですか?」

「今の段階では、血の変化があるようですね。――昨夜、キョーヤの発症を抑えたのでしょう?」

 頷けば、先生は安堵の表情を浮かべていた。

「おそらく、覚醒が近いのでしょう。力を持つ種族には、必ず覚醒期というものがあります。人で言うところの、成人にあたるものだと思って下さい。
 現段階では、普通の人よりも質がいいようですが、量を必要とするのは変わりません。なので、血を与える際は気を付けて下さい」

 自分の血が貴重となれば、優先的に使うのは――。

「叶夜と雅。二人に使った方がよさそうですね」

「無理をしてはいけませんよ? あくまでも、負担のかからない程度に。
 ――それから、覚醒をすれば見た目に変化が現れます。その時、自分で力を制御出来ない場合がありますので――これを。指輪同様、それも付けておいて下さい」

 渡されたのは、透明な球体のネックレス。その中央には、青い石が浮かんでいた。

「それら二つは、力が目覚めた際、扱いやすいようにしてくれるはずです」

 言われて早速、ネックレスを首に付けた。制服の上からは見えないので、学校でも付けていられそうだ。

「赤の命華は、言葉を操ります。力の強さは個人によりますが、発したことが現実になる、と思っていただければいいかと」

 言葉が現実に――。
 ただ発するだけで、どんなことでも起こるというのだろうか?
 聞けば、先生もあまり詳しくは知らないらしい。
 上条先生自身も、多少言葉による力を備えていると言うが、本来は詠唱を必要とする。命華のように単語、短文で【何かを起こす】となると、予め道具を準備しなければならないようだ。

「私の場合、一つのモノに特化した言葉を持っています。視界に入った特定のモノを消すこと。段取りを省いて出来るよう、私はこのような飾りを」

 首から下げられていたのは、透明な球体。その中には、文字が書かれた、記号のようなものが入っていた。

「これを持てば、自分も同じことが?」

「出来ますが、これは私ように創っているので。――しかし、これをすることはお勧め出来ません。覚醒前というのは、非常に不安定な時期です。体もですが、心も刺激を受けやすいですからね」

 心――だが、今の自分には。

「エメさんが言っていました。〝感情が乏しい今なら、負担をかけずに終わらせることが出来るかもしれない〟と。今のうちに、やれることはありますか?」

「では、そのことも相談してきましょう。しばらく、ここで待っていて下さい。――キョーヤ、もういいですよ」

 廊下に出ていた叶夜を招き入れると、先生は部屋を出て行った。
 そばに来るなり、叶夜は体の心配をしてきた。問題が無かったと伝えれば、安堵の表情を浮かべていた。