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 目を開けると、そこに水はなかった。



 ――――あぁ、そっか。



 自分は、家に来たんだった。
 起き上がり、頭を働かせる。
 えっと……。確か、学校に行かないといけないんじゃ。
 制服に着替え下りると、おじいさんは驚きの表情で出迎えた。

「もう起きていいのかい? 休んでもいいんじゃぞ?」

「調子はいいですから。あまり休んでいては、後が大変になるので」

「行きたいというなら止めはせんが……」

「大丈夫です。無理はしませんから」

 それでは、と軽く会釈をし、自分は学校に向かった。
 道順は知らなかったが、学生証にあった住所と、同じ制服の生徒について行き、学校に着くことができた。
 確か、クラスでよく話すのは――。



「みーさきっ!」



 どんっ、と勢いよく背中に誰かがぶつかった。振り向けば、とても嬉しそうな顔をした女生徒の姿が。おそらく、この人が日記にあった倉本さんという人だろう。

「もぉ~。なかなか来ないから、心配したんだからね?」

「すみません。心配をかけて……」

「これからは、ちゃんと連絡入れるのよ? 何の為のスマホよ!」

「本当にすみません」

「いや、そこまで本格的な謝罪はしなくていいから。――ってか、また敬語に戻るとかやめて。私、そこまで怒ってないんだから」

 忘れていた。
 確か、倉本さんとは親友だから、敬語はしないようにしていたのか。

「ごめんごめん。ずっとそれで話してたから。つい癖で」

「たまにならいいけど、ずっとだと、お姉さん拗ねちゃうからねぇ~?」

 背中から抱き付きながら、倉本さんは笑う。
 本当に、日記にあったとおりの人。
 明るくて面白い。姉御肌でしっかりとした人だと。
 日向美咲は、彼女に憧れていた。自分にはないものを持っていて、輝いている彼女と一緒にいれることが、美咲には幸せだった。
 今の自分にその実感はわかないが、こうして話すのは、嫌な気はしない。
 席に座って話をしていれば、隣に叶夜がやってきた。
 どうやら、顔色はいいらしい。

「具合、よくなりましたか?」

「――おかげさまで」

 振り向くことなく答える叶夜。まだ悪いのかと聞けば、大丈夫だという答えが返ってくる。

「どうして――叶夜は目を合わさないんですか?」

「「っ!?」」

 叶夜に言った言葉なのに、何故か倉本さんも反応していた。

「美咲……アンタいつから月神くんのこと名前で呼んでんの?」

「それは昨日っ」

 続きの言葉は、隣にいる叶夜の手によって塞がれてしまった。

「倉本さん、そこは聞かないでくれ」

「えぇ~普通は気になるでしょ?」

「とにかく、変な想像は無し。――あと、美咲さん借りるから」

 手を引かれ立ち上がれば、そのまま強引に、教室から連れ出された。
 まだ来たばかりなのに、何処へ行くつもりだろう?
 黙っていると、連れて行かれたのは屋上。

「見られると悪い。上に行こう」

 抱えると、ここより更に上にある建物に飛び上がる。周りを囲まれているから、ここからなら見られる心配はないだろう。

「――どうして、普通に話せるんだ?」

 下ろされると、聞こえたのは戸惑いの声。
 別に、自分は叶夜を避ける理由などない。

「普通ですよ。叶夜こそ、何をそんなに気にしているんですか?」

「――俺が昨日何をしたか、覚えてないのか?」

「発症のことですか? あれはしょうがないですよ。それを気にしてるんですか?」

「当たり前だ。オレは美咲さんを……」

 ぐっ、と悔しそうに言葉を飲み込む。
 そんなに責任を感じる必要はないのに。

「自分は無事です。だから、もう忘れましょう」

「っ!? 忘れる、って……」

「自分は気にしていない。だから、この話は終わりです」

 本当に、叶夜は真面目だ。
 自分がいいと言っているのに、まだ気に掛けるのだから。