ゆらゆらと、体が浮いている。
 目を開ければ、どうやら水の中にいるらしく、初めて感覚を得た場所にいるのだとわかった。



 ――ここは、始まり。



 自分はいつも、ある時の為に用意されていた。
 知識が、流れるように入ってくる。



 原点は――模倣。



 本物を真似、それの代わりを担う。その時代の【自分】が消えると目覚め、死までを繋ぐ存在。



 ――だから、感情は付属されない。



 綻びを直したら、存在理由はなくなる。それが自分なんだと、深く、深く刻み込まれていった。

 *****

 シエロが休む部屋を、木葉は訪ねた。呼びかけると、中から上条の声が。

「すみませんが、これから治療をするので」

 退室願いますか? と言えば、上条は頷き、部屋をあとにした。

「初めまして。私は木葉といいます。これから、体内に残っている呪いの除去をさせていただきますね」

 丁寧に説明をすると、木葉は持参した札と、複数の人形を見せた。

「これらに、貴方の呪いを移します」

「でも、私のは凝縮されたものですし……。他の者では、呪いに侵食される可能性が」

「呪いは慣れていますし、蓮華様の処置も、私が行っていますから」

 だから心配御無用ですと、木葉は笑みを見せた。

「へぇ~。レンは、貴方をそばに置いているんですね」

「いえいえ。私が勝手に、付き従っているだけですから」

 話しながら、札に文字を書き、それを人形にはりつけていく。
 そして、指を口元に近付け、なにやら唱え始めた。



「では――口を開け、天井を向いて下さい」



 従うと、そのままでいるように言われる。
 しばらくそうしていると――口から、黒い靄(もや)のようなものが溢れてきた。上に向かうそれが天井を埋め尽くした頃、木葉は靄に向かって人形を投げた。
 すると、天井を埋め尽くしていた靄は、跡形も無く消えてしまった。見ると、人形が黒くなっている。どうやら、取り出すことは出来たらしい。

「これで、主なものは抜けたかと」

「ありがとうございます。――それで、レンの体は」

「今は大丈夫です。貴方も蓮華様も、ご自分よりも相手を重んじるのですね」

「ふふっ。大切な友達ですもの。木葉さん……と言いましたよね? 貴方は、純粋な華鬼なんですか?」

「いえ。元は人――と言いますか、間の子(あいのこ)ではないかと」

 木葉自身、自分の出生はわからないらしい。ただ、普通の人とは違う力が幼い頃からあり、よく鬼と罵られ、畏怖なる者として扱われていたのだと言う。

「私がいた時代では、〝鬼〟とは恐怖、摩訶不思議で謎なものの総称。周りと違うというだけで、鬼と呼ばれる人も数多く見てきました。――そんな私を、蓮華様は護ってくれました。なので、面倒がられても、口出しとお世話はさせていただきますけどね」

「ふふっ。レンと対等にやり合うなんて、すごいことですよ。――やっぱり、そばにいたんだ」

 首を傾げる木葉。
 すると、シエロは上体を起こし、そっと、木葉の手に触れる。



「約束を――果たすわね」



 桜色の瞳が、紫へと変化していく。
 やわらかな笑みと共に、手から温もりが伝わり――途端、木葉は言葉の意味を理解した。