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 ――声がする。



 徐々にはっきりと聞こえるそれに、重たい目蓋を開いた。

「お、目が覚めた」

 オレのことわかる~? と、満面の笑みで少年が聞く。
 茶色の髪に――緑の、瞳?
 雰囲気は、エメさんに似ている。しかし、顔に見覚えはない。

「――――わかりません」

 ゆっくり、言葉を口にする。
 まだ体に力が入らず、思考も普段より落ちていて、今の状況が理解できない。

「ははっ、やっぱり。オレは雅。呼び方は好きにしていいよ」

「なら――雅にします」

「お、呼び捨てだ」

「? 嫌なら、さん付けにしますが」

「いーや。そっちの方がオレ好み。――で。今の状況わかる?」

 言われて、周りをよく見る。
 ベッドに寝ているのはわかるけど、それ以外は――。

「――叶夜と、契約を」

「――へぇ~。契約したんだ。(気にくわねぇ……)」

「? 今、なんて」

「気にしない気にしない。
 とりあえず説明すると、契約の後にキョーヤが発症しちゃってさ」

 発症……そうだ、叶夜はっ!?

「叶夜はっ!?――っう」

 起き上がるも、頭がふらつき、再びベッドに体が倒れる。

「急に動かないの。大丈夫。キョーヤは今、リヒトさんに見てもらってるから」

「よかっ、た……。でも、どうしてあんなふうに」

「あれ、知らなかった? 完全発症すると、男は女を。女は男を。手当り次襲うんだ。んでもって、そーいう時は血の欲求だけでなく、性的欲求も高まるわけ」

「なら、自分は――」

「あ、そこは大丈夫。あいつ、最後までしてないから」

 稀なケースなんだけどねぇ~と、雅は意外そうにもらす。

「ま、それも襲われたのが美咲ちゃんだからだろうけどね」

 首を傾げると、雅は首を指差す。触れてみれば、自分の首に包帯が巻かれていた。
 そっか。血、吸っていたんだ。

「伝わってよかった」

「やっぱ、稀なのは美咲ちゃんが原因か。命令したの?」

「はい。その時、契約のせいか意識が遠退いて――止められてよかったです」

「ははっ。襲われたらシャレになんないもんね?」

「襲われる、というより、叶夜が元に戻ったのがよかったなと」

 それよりも、あんなふうに苦しむ姿を見たくなかった。
 襲われる恐怖よりも、みんなが苦しんでいる方が、自分にはよっぽど怖い。

「ふ~ん。自分よりも他人、か」

 ベッドに頬杖を付きながら、雅は笑みを浮かべる。

「――そーいうの、嫌いじゃない」

 声の質が、艶やかになる。
 今までの明るい雰囲気から、大人びたものを感じ始めた。
 もしや発作(性的な)かと思い、雅に警戒の視線を向ける。

「あ、オレが欲情してるって思ってる? だったら契約しようよ。そーしたら、なにかあっても止められるだろう?」

 どうする? と、雅は首を傾げた。
 確かに、そうしておけば安全だろう。でも、複数も契約してもいいものなのだろうか?

「契約は、何人としてもいいんですか?」

「この契約はね。ま、本式のはダメだけど」

「本式――。他にもやり方が?」

「そ。キョーヤとしたのもちゃんとしたものだけど、本式と言われるのはもっと強いものなんだよね」

 強いもの?
 なら、そっちの方が都合いいんじゃ。

「どうして、そっちをしないんですか?」

「ん~。しない、って言うより、【できない】んだよ。これにはお互いの心からの同意。そして、心を交換する必要がある。交換には、お互いを思い合うことが条件だから」

 思い合うことが条件?
 それぐらいなら、自分にもできると思うけど。

「ここで言う互いを思うは、普通のじゃダメ。――ま、ようは夫婦になります、ってことだと思って」

 そういうことなら、確かに自分にはできなさそうだ。
 そもそも、今自分が思っている相手を思う気持ちも、みんなを護りたいという思いからくるもので、その者単体に抱く感情は、正直言ってない。