?――鼓動が、おかしい。



 叶夜の心音に、乱れがある。規則正しい音だったのが、不規則で、一音一音がとても大きい。もしかして――。
 両手で、叶夜に触れる。
 途端、頭の中にイメージが流れてきた。叶夜はまだ、本格的な発症を経験していない。今まで薬を使っていたせいで、余計に負荷がかかりつつあるんだ。

「……っ、あ、、、ぐっ」

 苦悶の声が、徐々に大きくなる。
 どうすればいい?
 どうすれば救える?
 自分には、その知識が無い。薬以外の抑制方法は――?
 心で思えば、イメージが手に取るように流れてくる。そこでは、叶夜が自分の血を吸っている場面が見えた。

「――きょ、うやっ!」

 背中を叩き呼びかける。何度か繰り返していれば、微かに、名を呼ばれた気がした。

「血を……はやっ、く」

 吸ってほしいと、なんとか言葉を口にする。

「どこでもっ。いい、から――…」

 こうしている間にも、体だけでなく、思考力まで落ちでいく。
 あぁ……もう、頭も眩んできた。
 自分で体を支えきれず、完全に、叶夜へ寄りかかる状態になった。



「――――いっ!?」



 急に、体が後方に倒れる。豪快に頭を打ち、何があったのかと視線を向ければ――。

「――――きょう、や?」

 覇気の無い表情をした叶夜が、視界に映った。



「――――血じゃ、ない」



 しばらくの沈黙後に発せられたのは、そんな言葉。



「欲しいのは――お前の」



 血が必要ではないのに、欲しいのは自分だと言う。
 血以外で、自分にどんな価値が――?
 叶夜の顔が、触れ合う数センチ手前で止まる。無言のまま胸倉を掴まれたと同時――勢いよく、服が引き裂かれた。

「っ! きょう、や……? 叶夜っ!?」

 呼びかけても反応はなく、瞳も虚ろ。
 叶夜に見たイメージでは、こんなものはなかった。
 発症したら、血を欲しがるんじゃないのか!?
 叶夜の左手が、右胸に置かれる。
 このままだと、何をされるか容易に想像がつく。
 血以外の衝動。発症には、それも含まれているというのか。それとも、発症以外に原因が……?

「香しい――匂い」

 呟くと、胸元に顔を近づける。

「――っ!?」

 途端、肌に舌が這う感触がした。
 必死に思考を巡らせているのに、その行為が、思考を停止させる。

「っあ、……う、ん!?」

 思わずもれる声。
 反応を見ているのか。
 それとも楽しんでいるのか。
 何度も舌が這うたび、体に痺れが走り、考えに集中できない。

 どうっ……すれば。

 いよいよ、意識が遠退いていく。
 完全に落ちる前に、なんとか助ける方法を……。



 そう、だ。――名を呼べば!



 契約した今なら、それができるはず。残された気力を振り絞り、

「ノっ、ヴァ……」

 なんとか、言葉を発していく。
 ただ止めるだけじゃいけない。
 発作を抑え、尚且つ、この行為を止めさせなければ!

「血、を……。日向美咲の、血を吸っ、え!――…」

 意識が、希薄になっていく。完全に途絶える直前――微かに、痛みが走った気がした。