「――――?」



 気配を感じた。外を見ても、家のそばに気配の元となるものは見つからないが――まだ、気配は消えない。危ないものではない雰囲気に、窓を開け外に出た。
 すとん、と静かに足から着地する。途端、気配の元が近付いて来るのを感じた。
 これは……人だ。
 敵意は感じないから、おそらく自分と関わりのある者だろうと予測していれば、

「――――美咲、さん?」

 屋根の上から、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。振り向けば、そこにいたのは黒髪の少年。地面に下りると、おそるおそるこちらに近付き、自分の両肩に触れた。

「美咲さん――だよな?」

 問いかける声は、微かに震えていた。

「そうですけど――あなたは?」

「!?……オレが、わからないのか?」

 動揺する少年。その様子に、エメさんが言っていた言葉を思い出した。

『多分、リヒトさんあたりが卒倒しちゃいそうだから。――あ、リヒトさんよりも、ノヴァの方が危ないかも』

 このままなら、この人は卒倒しそうな気がする。となると、名はヒカルかノヴァのどちか。確か、エメさんはリヒトという人にはさん付けをしていたから、

「――ノヴァ、ですか?」

 そうじゃないかと思われる名を口にした。

「合ってるが、普段は叶夜――いや。それより、何があったんだ?」

「何がと言われても――」

「美咲に聞いても無駄だぞ」

 家の中から、黒髪の女性が出て来て言う。

「話によると、美咲は記憶喪失らしい」

「? 記憶喪失ではっ」

「思い出せるよう、お前が話相手になってやれ」

 言葉を遮り、女性はそんなことを言った。
 自分の今の状態は、記憶喪失などではないのに――。言わない方がいいと、そういうことだろうか?

「美咲は、部屋に戻って休め。何か感じても、それはこちらで対処するから案ずることはない。――叶夜、頼むぞ」

 すると、あっと言う間に少年に抱えられ、部屋に連れて来られていた。

「わざわざ、すみません」

「それはいいが――本当に、何も覚えていないのか?」

「そうみたいです。あなたのことだけでなく、自分のこともあやふやで」

「――――そうか」

 少年の瞳が、徐々に影を帯びていく。綺麗な青い瞳が、今では悲しい色に染まっていた。

「――――オレに、力が無いから」

 両手を握りしめ、後悔の言葉を口にする。余程悔しいのか、自分に対して、すまないと懺悔の言葉を何度も口にしていた。

「えっと――自分は、このとおり大丈夫なので。気にしないでっ、も?」

 突然、目の前が暗くなる。
 全身を包むような感覚に、少年に抱きしめられているのだとわかった。

「助けられなくて……すまない」

 腕に、力が込められる。
 少年は本当に、日向美咲のことを思ってくれていたのだろう。
 まるで自分のことのように、少年は悲しんでくれている。だから――なにか、答えなければならないと、考えを巡らせた。