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 エメさんに連れられたのは、ある一軒家。そこは自分の家らしく、訪ねると、中からおじいさんが出て来た。

「夜分にすみません。あちらから、お子さんを連れて来ました」

 理解したのか、おじいさんは自分たちを招き入れてくれた。

「美咲ちゃんは、ゆっくり休んだ方がいいわ。まだ、違和感は続くだろうから」

 頷くと、おじいさんが二階の部屋に案内してくれた。
 お礼を言うと、おじいさんは微笑みながら、一階へ下りて行った。



 ここが――自分の部屋。



 十八年。日向美咲として生きた場所。
 生活感はあるものの、やっぱり実感がわかない。
 鏡に映るのは、茶色い髪に、茶色の瞳の人物。この姿が自分だということにも違和感がある。早く慣れなければと思えば、ため息がもれてきた。
 とりあえず――着替えでもしよう。
 クローゼットの中から、楽な服を選ぶ。あとは寝るだけなので、寝るのに適した半袖と短パンに着替えた。
 ――コンッ、コンッ。
 ノックの後に、エメさんの声がした。ドアを開ければ、私は戻るから、と言われた。

「ここにいれば大丈夫。すぐにあの子たちも来るし」

「? あの子たちって」

「ノヴァと――あっ。ここでは叶夜と雅って名前だったわ。その二人と、リヒトさんっていうお医者さんが来ると思うわ。あとは――蓮華っていう女の人ぐらいかしら? 彼等は信用出来るから、安心して」

「わかりました。――色々と、ありがとうございます」

「いいのよ。――それじゃあ、元気でね」

 笑顔で別れを告げるエメさんに、自分は軽く手を振って見送った。
 ――時刻は夜中の二時過ぎ。
 部屋にある物を見ながら、これまでの自分を認識しようと起きていたが、さすがに疲れが出てきた。
 自分は日記を付けていたようで、どんな日々を過ごしていたのかはわかってきたが――ここ数日。自分に初めて異変が起きた頃から、記す頻度が少ななくなっている。
 肝心なとこがわからない、か。
 エメさんが言っていた名前も、これには記してある。
 雅さんは、明るくてノリがいい人。
 叶夜君は、真面目で優しい人。だけど――時々、辛そうな雰囲気があると。



『オレが必ず……護る』



 頭に巡るこの者が、ここに記されている叶夜という者なのだろうか。

「辛そう――。どうして、そんなことを思ったんだろう」

 今その者を見ても、同じ感情がわくだろうか?
 その者は、自分にとってどんな関係だったのだろう?
 ――まだ、彼等には会わない方がいいのではと考えが巡る。姿形は同じでも、中身は違う者。彼等を護るという思いが強くあるせいか、悲しませてしまうような行為はやめた方がいいように思えてきた。
 手にしていた日記を、本棚にしまう。その時ふと、外に目を向けた。

「――――色が、違う」

 綺麗な月が、ちょうど窓から見えた。
 足が自然と窓に向き、縁に腰をかけ眺める。
 さっきまでいた場所は青い月だったのに、ここから見るのは、白くてやわらかい、暖かな色をしている。



 こうしているのは――好ましい。



 静かなこの雰囲気は、余計な思考がなくなる。記憶にある、あの水の中にいたような感覚に近くて、心が軽くなっていく。
 自分が自分として動いて、初めて感じた思いかもしれない。