「これぐらいでは間に合わぬか……」

「でも、髪色が戻ったんだから、気分はいいわ。こうして、話すこともできるんだもの」

「後から、木葉に介抱させよう。やつは術に長けているからな。もう少し、辛抱してくれ」

「辛抱だなんて。今までの時を思えば、そんなの一瞬よ。それよりも――」

 あの子は大丈夫なの? と、不安そうに問いかけた。

「あぁ、大丈夫だ。それに、私が産んだこともあってか、術の耐性がある。――信じろ。必ず、お前も子供も助ける」

 しっかりと、シエロの手を握りしめ誓う蓮華。それにシエロは、そんなのじゃダメよ、と付け足す。

「レンだって……本当は、助けたいんでしょ? 自分の望みも、ちゃんと叶えてくれなきゃ」

「――――くだらない」

 それは、とうの昔についえた思い。
 自分が初めて、感情というものをむき出しにしたそれは、今はもう、届かないことだと知っているのに。



「私はもう――望まぬ」



 立ち上がると、蓮華は何も言わぬまま、部屋を後にした。

「違うのに……。でも、約束だから」

 ごめんね、と呟きながら、シエロはゆっくり、眠りへ身を任せていった。
 蓮華が上条たちの部屋に戻ると、そこにはあかるさまに重い空気が漂っていた。だが、その場から誰一人としていなくなっていないことに安堵した。

「……彼女の様子は?」

 戻るなり、上条が心配そうに聞く。

「少しはいいようだ。だが、まだ完全に呪いは抜けておらん。――会うのは構わぬが、触れることはするなよ」

 その言葉を聞くなり、上条はシエロの元へ急いで行った。

「――蓮華様」

 入れ替わるように来たのは木葉。急いで近付いて来たかと思えば、驚きの言葉を耳打ちされた。

「!――――確かなのか?」

「はい。葵からの連絡なので、間違いはないかと」

「では木葉、お前はシエロの介抱を頼む。――おい、人の世に戻るぞ」

 突然の言葉に、反応に困る面々。付いてくる素振りを見せない三人に、蓮華は再度、戻るぞと告げる。

「いきなり戻ると言われても……。訳を言ってもらわなければ」

 青年の問いに、蓮華は一言、

「――美咲が、家に戻ったらしい」

 その言葉を告げ、部屋を後にした。

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 蓮華という人から話を聞くたび、経験の無い感覚が体に走った。
 これまで冷静に聞けた話も、彼女のことになると、頭に血が上って考えるよりも先に体が動いてしまう。



 確かこれを――恋、と言ったか。



 昔、エメさんが言っていた。その状態になると、何もかもどうでもよくなり、相手のことで、頭も心もいっぱいになるのだと。
 その時は、意味などわからなかった。
 自分というものも不確かなのに、他人に関心を抱くなど、無駄なことにしか思えなかった。



 ――だが、今ならわかる。



 胸が締め付けられる感覚。
 早く会いたいと……この手で、触れたくてたまらない気持ち。
 どんなことをしても、彼女を助けたい。そんな思いで、心は埋め尽くされていた。



「――着いたぞ」



 蓮華さんの導きで、彼女の家付近に道が繋がった。

「この人数で行くのは迷惑だ。ひとまず私が――?」

 蓮華さんの視線が、ある一点に集中する。同じようにその場所に視線を向ければ、雅がすぐさま動きをみせた。

「オレ、ここで抜けるから」

 それだけ告げると、あいつは素早く、この場から姿を消した。

「なら、私もここで」

 続いて、青年もそんなことを言った。

「美咲が気にかからぬのか?」

「貴女に任せれば、問題は無いだろうと。それに、真に仕える主はあの方ですが、この世では別の方と契約しているので」

 そちらも気になるからと言い、一礼すると、青年は立ち去ってしまった。

「まぁよかろう。まずは私一人で家に入るが――付いて来るか?」

「当たり前です」

「わかっているとは思うが」

「余計なことはしません。貴方が一人家に入っている間は、外で見張っておきます」

「有難いな。――余計な者たちを、近付けさせないでくれ」

 頷くと、蓮華さんは素早く屋根を駆けた。
 続いてオレも、屋根を駆けた。いつもより軽やかな足。早く彼女の様子を知りたくて、高まる心同様、駆ける速度も上がっていった。