「これに――記憶はない」



 体を起こし、【これ】に指を向ける。すると、目の前の女性は悲しげに、【これ】を見つめた。

「間に、合わなかった……? もう、貴方の中にいないの!?」

 両肩を掴み、大粒の涙を流しながら女性は言う。

「どうっ、したら……。これじゃあまた、美咲ちゃんだけっ!」

「――――すみません」

 それしか、言葉が思いつかなかった。
 よく知らないけど、彼女はおそらく、【これ】のことを思って泣いていると思うから。

「私のこと――全くわからない?」

 じっくり顔を見ても、彼女の記憶はない。首を横に振れば、彼女はまた、涙を流してしまった。

「――――こうなってしまったら、しょうがないわ。今、貴方が持ってる意思を聞かせてちょうだい」

 ――――意思?
 それは、望みや願いのことを言っているのだろうか?
 聞けば、彼女はそうだと言って頷く。



 ――【これ】の、意思。



 考えを巡らせると、そこにあるのは、



「みんなを――護ること」



 その一点。
 強く。その言葉が刻まれていた。

 *****

 蓮華の言葉により、その場は一時騒然となった。
 彼女の言葉が本当なら、急ぎ美咲を助けなければ、存在を消されてしまうということになる。

「みな落ち着け。――お前たちが騒ぐから、シエロが来てしまったではないか」

 部屋の入り口では、戸を少し開け、座りこんでいる女性がいた。
 しかしその女性は、先程見た姿とは違い、髪が赤色をしていた。

「少しは抜けたようだな」

「――うん。ちょっとは」

 苦笑いを浮かべるシエロ。まだ調子は戻っていないらしく、立つことは難しいようだ。

「ほら、部屋に戻るぞ。男どもは、またしばらく待っていてくれ」

 体を支えながら、蓮華はシエロを部屋に連れて行った。

「全く無理をしおって。目覚めたばかりで動くな」

「もう、心配し過ぎだって。――レンの方こそ、体はいいの?」

 布団に横たわるなり、シエロは自分のことよりも蓮華のことを気にかけた。

「異常は無い。お前は自分事だけ考えろ」

「ははっ。本当、相変わらずなのね」

 目の前にいる彼女は、当時と変わりない。それが嬉しくて、シエロはやわらかな笑みを浮かべていた。

「しばらくはここにいろ。外には出るなよ?」

「はぁーい。ちゃんと聞きます」

「いい返事だ。――まだ、内に残っているようだな」

 腕に触れ、シエロの容体を確認する。
 先程付けた数珠は黒く変化し、亀裂が生じている。新しい物と取り換えると、早くもその数珠も、黒く変化し始めていた。