◇◆◇◆◇



 誰かが――叫んでる。



 その声は、同じ言葉を連呼しているようだ。
 一体、なにをしているのか。



 ここに在るのは――『 』。



 この場所には、何も存在しない。
 個や体。物体と言われるものが存在しない、空白で『 』のみが在る場所だというのに。



 誰かまだ――叫んでる。



 けれど、それももうすぐ聞こえなくなる。
 こうして思考を巡らせることも、そろそろ鈍くなってきた。



 声の主は、いつまで――…。



 ――――――――――…
 ――――――…
 ―――…



「――――もうっ、これが」



 限界だと、息遣いが荒い声が聞こえる。
 ――この雰囲気は、何?
 確か、思考が消えかかって、何も無い場所に在ったはず。

「なんとか存在は留めたけど、中身が……」

 ――中身?
 なんのことを言っているのかと考えれば、徐々に、感覚が芽生え始めてきた。
 ――思考だけじゃない。
 今、ここには思考以外の存在が出来上がりつつあった。

「体温は……うん、少しは戻ってる」

 途端、声の主が触れた。そこでようやく、体というモノを実感した。重くて、まだ動かすことはできないけど、【これ】に思考以外の存在が付属したんだというのは理解した。

「美咲ちゃん、聞こえる?」

 心配そうな声が、【これ】の様子を窺う。

「美咲ちゃん? 美咲ちゃん?――!」

 ようやく、【これ】の意思が体に伝わった。
 目蓋を開き、さっきから呼びかける声の主に視線を向ける。

「よ、よかったぁ~。どこも痛くない? 大丈夫?」

 視界に映ったのは女性。
 淡い緑の瞳からは、涙が溢れ出ていた。

「美咲ちゃん――?」

 さっきから言ってるのは、多分【これ】のことなんだろう。

「っ! やっぱり中身が」

 それが【これ】の個を表しているのは理解できるけど――実感がわかない。



「貴方は――誰なの?」



 誰? と聞かれても。



「これに――記憶はない」



 そう答えることしか、できなかった。