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 黒い球体に、変化が現れる。原因は、外で行われている作業。床に施された布陣を消していき、球体から滴る淀んだ水を浄化すると、球体は、その形状を保てなくなっていた。

「次で引きずり出す!」

 叫ぶと、執事は飛び上がり持っていた剣を力いっぱい、球体へ振り下ろし叫ぶ。

「katarrefsi !!(崩壊)」

 途端、球体がぐにゃりと変形する。
 剣が着き立てられた場所には穴が開き、執事はすぐさま、中へ飛び込んだ。
 視界の利かない空間。次第に足が取られ、粘着質な液体がまとわりついてくる。

「っ、――――?」

 一瞬、何かに触れた。同じ場所を探し、更に奥へ腕を進めていると、

「――――っ?!」

 確実に、人の体に触れた。
 一気に引きよせると、執事は思いきり、外に向かって叫んだ。

「早く消せ! 消せぇー!!」

 微かだが、その叫びは外に届いていた。
 すぐさま、ディオスが布陣を完全に消す。



 ギぃヤぁぁーーーア!!



 断末魔の叫び。その声が消えると、球体は跡形も無く弾け飛んだ。
 急いで美咲の元へ駆け寄ると、執事が体にまとわりつく液を拭っていた。

「――っ!? おい、これはいくらなんでも」

 見えたのは、輝くような白銀の髪。そして――。

「?――――あな、たは」

 誰? と問う美咲の瞳は、赤と青の瞳をしていた。
 息をのむ執事。それに共感するディオスも、ここまでの事態は想像していなかったようだ。

「これほど進行が早いとは……。戻すことは?」

「戻せるには戻せるが……」

「姫に、影響が出るのか?」

「いや、姫に問題は無い。ただ――」

 問題なのは自分の方だと、ディオスは重いため息をはいた。

「この体が、力に耐えられないだけだ」

「では、私の力も使えば」

「やめておけ。もう他のことに使う余力など無いだろう? オレのことは気にするな。またしばらく、眠るだけなのだから。――早くエメに知らせろ」

 すると、執事は神経を集中し始めた。徐々に、体に文字が浮かび上がっていく。青白い光が身を包むと、美咲の片手を取り、その手を自分の胸に触れさせた。

「? あなた――れっ」

「考えるな」

 不要な記憶だと、執事は言葉を遮る。
 視線を絡ませ、ただ真っすぐ、まるで焼きつけるように、執事は美咲を見つめ続けた。

「――後のことは、うまくやります」

「あぁ。自分の願いも、うまくやれ」

 その言葉を聞き、執事の体は静かに消えていった。